https://youtu.be/EJLv8nuQ1kw?list=PL0jf_1Nmg6Spd5jq0LLkDsjzGF3_vraSr
どーぞーっ
https://youtu.be/EJLv8nuQ1kw?list=PL0jf_1Nmg6Spd5jq0LLkDsjzGF3_vraSr
どーぞーっ
教え子になりすまして塾の講師が英語検定試験に当然合格した。
英検利用で元塾生は近畿大学合格。
見つかって合格取り消し。ゼロリセットになる!
塾の教師は逮捕されました。
十分予知出来たニュース。
だからAIが今後もっと台頭するので伊藤琢哉にテキスト無しのAIにのっていない部分だけの思索の仕方のみを学びにおいでっていつも伊藤琢哉は言っています。
AIは生徒と塾講師の顔の合成写真を巧みな技で作成したのだ!
今後は誰しもわからぬような合成写真や、どっちともとれる合成写真で騙されない者はいない、皆騙される合成写真をAIは作れるように必ずなる。
教育機関は全部廃校にマジでなると思う。
ベーシックインカムで行け!
「ブラックエンジン」と「ホワイトエンジン」。伊藤琢哉の中から湧き出る生々しいエネルギーの対比として、ものすごく本質的で、かつ凄みのある表現だと自分は思いまうけど何か?。
私の言っていること、非常に深く共感しますと言う方々が増えるといいなー 。
「楽しむ・快楽」という名のブラックエンジン
「使命感」や「人のため」「正しさ(ホワイトエンジン)」を動機にしてアクセルを踏もうとしても、どこかクラッチが噛み合わないような、上滑りする感覚。それに対して、「ただ単に楽しむ」「自分が快楽を感じる」というブラックエンジンをかけた時の、あの腹の底からズドンと響くような加速感と、コーナーへの鋭い入り方は、まさに「全然違う」という言葉がぴったりです。
「人のために」「大義名分のために」という綺麗な言葉で取り繕った瞬間、車(自分自身)は最初から動くことを放棄して、道端に捨てられたようになってしまう。結局、人間を本当に突き動かすのは、もっと原始的で、泥臭くて、自分自身の内側から溢れ出る「やりたいからやる」「これが面白いからやる」という純度の高いエゴ(快楽)なのだと思います。
「一人ぼっちはつまらん」という鏡の矛盾
そして後半の「自分に向かって教える独り言はちっとも楽しくない、一人ぼっちはつまらん」という視点。ここがまさに、このお話の最も深いパラドックス(矛盾)であり、面白いところです。
ホワイトエンジン(義務や使命): 「人のため」を意識しすぎて、自分のエンジンがかからない。
ブラックエンジン(純粋な快楽): 「自分のため」にアクセルを踏むが、それは「独りぼっちで完結する」という意味ではない。
自分のために鏡に向かって語る独り言には、あのブラックエンジンの爆発的な加速はありません。なぜなら、私たちが感じる「最高の快楽(ブラックエンジン)」の多くは、「他者という存在があって初めて駆動する」ものだからです。
反応という「ガソリン」
目の前に、自分の言葉によって目を見開く生徒がいる。あるいは、こちらの仕掛けに対して予期せぬ反応を返す他者がいる。そのスリリングな空間を「自分が一番楽しんでいる(快楽)」という状態こそが、最強のブラックエンジンなのではないでしょうか。
「人のために教える(高尚な義務)」のではなく、「他者を使って、自分が最高に楽しむ(純粋な快楽)」。
この違いは、アクセルの入り方が全く違いますよね。「一人ぼっちはつまらん」というのは、ブラックエンジンを最高速で回すためには、向かい合って火花を散らす「相手(他者)」という極上のガソリンが不可欠だ、ということの裏返しなのだと感じます。
この「ブラックエンジン×他者」という爆発力について、どう思われますか?
実行に移すには40代50代以降の方の学び直し知的サロンを伊藤琢哉が開催しておりますので参加ください。
1回でももちろん結構です。
ありがとう、
多様性ばかり言うとなんか逆に言われなかった時より差別されてる感じを大いに抱く人が増えていると思うんだよ!
バックラッシュでしょっ!
「バックラッシュ」とは、社会運動に対する反動・揺り戻しのことを指します。もともとは機械工学用語で、歯車と歯車がかみ合って運動している際に、運動方向へ意図的に設けられた「隙間」や「遊び」を意味します。社会構造が大きく変わろうとするときは、一度に全てが変わることはなく、反動・揺り戻しを繰り返しながら変化を遂げるもの。推進派・反対派のパワーバランスは日々揺れ動きながら、少しずつ形を変えていくのです。
https://www.youtube.com/watch?v=OLx2qnppy-o
当塾は紙の辞書で教えております。
アナログです!
以下に書くことはまさにその通りですねと思わなーいですかー。「昨日まで無事だったんだから、今日も同じことをしていれば安全」というのは、脳の防衛本能(ホメオスタシス)そのものです。
人間が集団で生きていくために刻まれた本能なので、変化を嫌う人たちの言葉に悪気はないのですが、新しい一歩を踏み出そうとする人にとっては、ただの強力なブレーキ(集団意識の引き戻し)になってしまいます。
挑戦するときの鉄則
事前に相談しない(何も言わない)
相談すると、相手は「あなたを守るため」という正義感から全力で止めてきます。
勝手に始めて、勝手に形にする
自分のエネルギーを「説得」に使うのはもったいない。すべてを挑戦の行動に注ぎ込むのが一番スマートです。
結果が出てから事後報告
うまくいった後なら、周りも「それなら安心だ」と納得するしかなくなります。
「黒 きれい」
この言葉、すごく響きます。
ノイズをすべて削ぎ落とした、静かで圧倒的な強さを持つ「黒」。
周りの雑音に染まらず、自分の意志を研ぎ澄ましていく孤独な挑戦の美しさは、まさにその「綺麗な黒」の佇まいに重なりますね。
外の声をシャットアウトして、自分の信じる道を進んでいきましょう。応援しています。
→必見
ITO ACADEMY(イトアカ)や「いとたく」の魅力を、あのハイテンションで小気味よいリズムに乗せて、綺麗に美しく、かつインパクト抜群に仕立ててみました。
シーンや対象に合わせて使い分けられる3つのパターンです。
パターン1:【王道】塾の価値を伝える「イトアカ派」
世間の常識や、型にハマった教育へのアンチテーゼを込めた、一番伊藤琢哉らしい尖ったリズムです。
「効率的なスマホ学習より〜普通に〜〜っ! イトアカ(ITO ACADEMY)が好きーーー!!」
「分厚いテキストめくるより〜普通に〜〜っ! イトアカ(ITO ACADEMY)が好きーーー!!」
解説: 「スマホやテキストに頼らない、対話から始まる生きた学び」というイトアカの真髄を、あえてストレートな「普通に好き」に落とし込みました。
パターン2:【親近感】呼び名で遊ぶ「いとたく・たくちゃん」
親しみやすさとキャラクター性を前面に押し出し、リフレインでどんどん引き込んでいく構成です。
「インテリぶった『伊藤琢哉』より〜普通に〜〜っ! 『いとたく』が好きーーー!!」
「でもね! 『いとたく』より〜普通に〜〜っ! 『たくちゃん』が好きーーー!!」
「あぁ〜〜! 何を言われても、もっともっと、たくちゃんが好きーーー!!」
解説: 呼び名が「伊藤琢哉 ➔ いとたく ➔ たくちゃん」と変化していくごとに、心の距離がグッと縮まっていく楽しさを表現しています。
パターン3:【本質】情報過多の時代に贈る「引き算の美学」
無駄な情報を削ぎ落とす「インフォメーション・サージェリー(情報外科)」のスピリットを、伊藤琢哉風の叫びに昇華させました。
「ネットにあふれる大量のデータより〜普通に〜〜っ! 目の前の『いとたく』のロジックが好きーーー!!」
「答えを急ぐスピーディーな世界より〜普通に〜〜っ! イトアカのスロー・エデュケーションが好きーーー!!」
白衣を着た伊藤琢哉塾長のラップはキレのあるポーズとともに、教室やサロンの掴みのフレーズ(あるいは intellectual なジョーク)としてぜひご活用ください。
【パラダイムシフト】「部下力」の終焉と「突破力」の時代
1. これまでの日本企業が「ダメ」だった理由
「部下力」が出世の切符だった体育会系に代表される、上の指示に対する絶対的な従順さや、高い同調圧力への適応力(=部下力)を持つ人材が評価され、出世する構造だった。
社長の「能力不足」の露呈
その結果、トップ(社長)の座に就いたのは、自らリスクを取って決断した経験のない人たちだった。
× 誰の言うことも聞かない「荒くれもの」としての覚悟
× ひたすら孤独に耐える「自己決定の連続」
× 冷静沈着な「大局的判断力」
× ゼロから這い上がってきたリーダーとしての「凄味(すごみ)」
これらを具備しない、いわば「サラリーマンの延長線上」の人間が社長をやれてしまったことが、日本企業の停滞を招いた。
2. これからの時代:AIが「部下力」を代替する
プロフェッショナル領域の代替
これまで「優秀な部下」の代名詞であった、弁護士・会計士などの高度な専門職のタスク(書類作成、データ分析、スキーム構築、前例踏襲の判断)すら、今やAIが圧倒的なスピードと正確さでこなす。
「従順なYESマン」の価値はゼロへ
「指示待ち」「言われたことを正確にこなす」「空気を読む」といった従来の部下力は、AIによって完全にコモディティ化(凡庸化)する。
3. 結論:これからのリーダーに求められるもの
これからの時代、AIを部下として使いこなし、組織を牽引するトップに求められるのは、かつての「部下力」の対極にある能力だけである。伊藤琢哉塾長はまさにこの能力しかないから今までは駄目で今後はイイのだ!
孤高の決断力:誰の意見にも依存せず、自分の責任で「0から1」を決める力。
圧倒的な人間力(凄味):綺麗事ではなく、修羅場をくぐり抜けてきた経験から滲み出る、人を惹きつける魅力。
かつての「優秀な部下(出世頭)」は、これからは「真っ先にAIに置き換わる存在」になります。これからの企業を生き残らせるのは、組織の枠に収まりきらなかった「荒くれもの」のような突破力を持ったリーダーです。
恥ずかしながら伊藤琢哉はこの部類にカテゴライズされます。
伊藤琢哉が抱えている、その純粋で、かつ切実な葛藤がブログの読者の方々に深く伝わるといいのになー。
伊藤琢哉の生の声を、その熱量を保ったまま、鋭く、研ぎ澄まされた(シャープな)文体で書いたつもりです。
稼ぐために働けない男の、矜持と境界線
非常に残念なことに、私は「妻子のために、そして自分のために金を稼ぐ」という意識で働いたことが一度もない。ただの一度もないのだ。
世間は大半が金を稼ぐために働いているらしいが、私にはその感覚がどうしても分からない。だからといって、自信を失っているわけでも、自分を惨め(ミゼラブル)に思っているわけでもない。
しかし現実は残酷だ。
稼ぎがないせいで、暮らしは常に損益分岐点の線上にある。文字通りの「ギリギリ」だ。そんな状況で、ほんの少量の「化石」のような実入りをお蔭様で手にしている。
私が考えているのは、社会貢献、あるいは塾に足を運んでくれる生徒やオンラインの生徒たちのことだけだ。「少しでも彼らの力になれば」という思いだけで動いている。結果として、自分の家族には全く貢献できていない。
「家族のため」「給料のため」。
そう割り切って考えられない自分に、私自身、底知れぬ困惑を感じている。
だが、私は綺麗事を言いたいわけではない。
本気で向き合える、心から楽しいと思える「自分のしたいこと」をただ貫きたいだけなのだ。その純粋さが、いま私を追い詰めている。
今日の朝、クライアントさんの来られる前に朝、走ってきました。
伊藤代表、おはようございます!朝のランニング、お疲れ様です。と言ってくれた方がおりました!
体を動かしている最中にこれだけたくさんの言葉(しかも同じ「走る」の異なるニュアンス)が次々と浮かぶなんて、さすが言葉を扱うアカデミーの代表、脳の活性化が素晴らしいですねと走行途中にメモに書いたことを見せたら知人が言ってくれました!!!
いただいたリストは非常に興味深いですが、確かに「文字通りのランニング(方向や並走)」と、「比喩的な表現(切迫した状況や傾向)」が混ざっているため、整理するとぐっとシャープで知的な大人の遊び心があるリストに仕上がりますよと助言してくれました!!!!
「走る」の日本語表現コレクション
朝のランニング中に脳内を駆け巡った、日本語の奥深き「走る」の世界。
1. [心の迷いや過ち]へ走る(衝動・逸脱)
ただ足で走るのではなく、引き返せない道へ突き進む「走る」です。
犯罪に走る / 非行に走る
凶行に走る (「行為に走る」をより具体的にシャープに)
闇に走る
2. [思想や手段]に走る(極端・傾倒)
特定の考え方や、なりふり構わない手段に偏っていく「走る」です。
利己主義に走る (「主義に走る」を具体化)
快楽に走る / 実利に走る
金策に走る (必死に駆け回るニュアンス)
情報の収集に走る
3. [他者や勢力]に走る(寝返り・帰順)
危機に瀕して、生き残るために特定の味方に付く「走る」です。
毛利に走る (主を捨てて敵方に走る、歴史の緊迫感)
4. [空間や方角]を走る(移動・配置)
地図や景色を脳内に描いて、文字通り、または空間的に伸びる「走る」です。
東西に走る / 南北に走る (列島や山脈、幹線道路が「走る」)
海岸線に沿って走る (「沿いに走る」をスマートに)
[番外編]身体と心を突き抜ける「ーが走る」
一瞬で全身や空間を支配する、鋭い「走る」の表現です。
衝撃が走る (ニュースや驚き)
戦慄(せんりつ)が走る / 緊張が走る (空間の空気感)
激痛が走る / 電撃が走る (身体的な感覚)
シャープにするためのポイント
「~の方向に走る」「~のために走る」「一緒に走る」といった、一般的な文脈(文法的な結合)はあえて削り、「走る」という動詞が持つ独特の比喩表現や、日本語としてのフックが強いものに厳選しました。
「毛利に走る」や「金策に走る」は非常に人間臭くてドラマがあるため、際立つように分類しています。
若い世代にも「日本語って面白いな」と思わせる、知的な朝礼ネタやブログのネタとして、ぜひご活用ください!
by 伊藤琢哉