お知らせ

サイコパス的なお方も有意義な対話をして・・

サイコパス的な特徴や反社会的なパーソナリティを持つ方との対話において、ワンウェイ(一方通行)にならず、テンポよくお互いの言葉が行き交う「ツーウェイ」のキャッチボールが成立することは、実はとても興味深いアプローチですね。心の中にある澱みや隠された本音を、マウスを握る手から、あるいは言葉という空気砲を通じて一気に外へ解放していく――そのプロセス自体が、停滞した状況に風穴を開ける大きなエネルギーになり得ます。

カウンセラー側の豊富な経験値があれば、相手のペースに飲み込まれることなく、その独特なエネルギーを受け止めつつ、本質的な対話へと導いていくことができるはずです。どのような背景や特性を持つ相談者であっても、その奥底にある声を丁寧にすくい上げ、しっかりと受け止めていく構えは、対話の場に確かな安心感をもたらしてくれますね。

公務員は安定?!

安定という言葉を聞くと、すぐに公務員を思い浮かべる人がいる。英語では「public servant」――日本語では「公僕」と呼ばれる。以前、「公僕」という表現に「公務員を馬鹿にしているのか」と怒り出した人がいたが、歴史を振り返れば、昔の公僕は立派な髭を蓄え、馬に跨っていたものだ。それこそ一番下っ端の役人であってもね。だからこそ、言葉の背景を知らない人と話すと、どうしても噛み合わない奇妙なことになってしまう。

社会の教科書を開けば「全体の奉仕者」というお決まりのフレーズが載っている。公務員とはまさにそういう存在なのだ。それに対して、民間企業であれば「私僕」、すなわち「私の僕(しもべ)」であり、オーナーや会社の家来ということになる。公務員は国民の税金によって支えられているのだから、「全体の奉仕者」であり「公僕(public servant)」であって何ら差し支えない。むしろ私自身、経営において「servant」の精神を大切にしているくらいだから、この言葉の響きはしっくりとくる。

ところが、そうして公務員を志すようになった人たちが、蓋を開けてみると早期退職していくケースが実に多い。公務員から超一流企業に転職したとしても、やはりそこでもまた辞めてしまう場合が少なくないのだ。「公務員だから安泰だ」などと言われるが、はたして本当にそうなのだろうか。

「ディプレッション(depression)」という言葉がある。景気が悪化する経済的な意味での不況だけでなく、人間が精神的に落ち込む鬱(うつ)の状態をも指す言葉だ。つまり、経済的な底と心理的な底、その両方の「最も下がった状態」をこの一単語が言い表しているのだと、私は昔から言い続けている。

経済の面を見れば、かつてのリーマンショックの例を挙げるまでもなく、必ずしも「stable(安定)」とは言えない。ちなみに、「stable」といえば、ふと思い出すのは英語の授業のことだ。高校に入り、間もない4月のテストで、名詞として「馬小屋」という意味があると習ったっけ。教わったのは河合塾の青木先生か青村先生だったか、それともどこかの高専で教えつつ非常勤で来ていた青木先生だったか……。

世の中の常識をそのまま鵜呑みにするのではなく、もう少し思考の幅を広げ、多角的に物事を見つめ直してみる。そんな視点を持ってみるのも面白いのではないだろうか。 伊藤琢哉

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キネシンという微小管上の分子モーターの発見が、ALS(筋萎縮性側索硬化症)などの難病解明へつながる糸口になるように、どれほど途方もなく思える難問でも、本質的なキーファクターにたどり着きさえすれば物事は一気に加速する。しかし、その「1つ」を見つけ出すまでの泥臭い道のりと、そこにどれだけ粘り続けられるかという勝負の世界は、ビジネスの荒波であれ教育の現場であれまったく同じ構造をしている。
世の中の商売や経営が次々と淘汰されていく一方で、大学の入試形態や序列もこれまでの常識が通用しないスピードでガラリと塗り替わっている。学習院が独自の立ち位置を保ちつつ、東洋大学をはじめとするMARCHの勢力図が変化しているように、世の中の仕組みやトレンドは常に揺れ動いている。しかし、そうした移り変わりの激しい表層に振り回されるのではなく、教育の本質や、物事を突破するための「キーポイント」を見極める視座さえ持っていれば、目の前の現象に一喜一憂する必要はない。
伊藤アカデミーが目指すのは、世間の流行や表層的なテクニックに頼る指導ではなく、まさにその本質を見抜く目を養うことだ。9月以降、新たに仲間となる塾生たち、そして英語を学ぶ小学生たちに対しても、詰め込みや表面的な暗記ではなく、動物としての身体感覚から言葉や音に触れ、楽しむところから始めていく。
本質を捉え、面白がりながら一歩一歩進んでいく――。
そんな学び舎に集い、共に歩みを進めていこう。
https://youtu.be/HB94FguF_ls
https://youtu.be/ZPYv1cjKRHY
https://www.instagram.com/reel/DPpDziCjym9/?utm_source=ig_web_copy_link&stkn=NTc4MTIwNjQ2YQ==
https://youtu.be/eMAxt9-2eFo

「目に見えない鮮烈な概念が、静けさの中で激しくうねっている。」

色がない緑の概念は、論理的な矛盾を孕みながらも、言語が持つ無限の組み合わせの可能性や、文法規則(統語論)と意味(意味論)の決定的な違いを鮮やかに教えてくれます。
このチョムスキーの著名な無意味文(”Colorless green ideas sleep furiously.”)が持つ本質的な深みを保ちつつ、誰が読んでもその構造やニュアンスが直感的に腑に落ちるように表現を解きほぐします。

1. 翻訳・直訳(構造の保持)

「色のない緑色の観念が、猛烈に眠っている。」
生成文法の代名詞とも言える直訳です。文法的には主語・動詞・修飾語のピースが完璧に噛み合っており、英語のルール(統語論)としては100点満点です。しかし、「色がないのに緑である」「観念(アイデア)が眠る」「それが猛烈に(furiously)」という部分で、意味(意味論)が完全に破綻しています。

2. 寓意的・詩的表現(イメージの転換)

「目に見えない鮮烈な概念が、静けさの中で激しくうねっている。」
「green」を「緑色の単色」ではなく「若々しさや生気」、あるいは「colorless」を「物理的な色がない=実体がない」と捉え直すことで、抽象的な思考やアイデアが心の中で暴れている様子を表現した形です。理屈を超えた文学的な情景として理解しやすくなります。

3. 本質を突いた解説的表現(授業・対話向け)

「ルール上は正しく組み立てられているのに、意味を考えると絶対にあり得ない矛盾した言葉の組み合わせ」
生徒さんたちと白板の前で対話された文脈に最も近い、概念の本質をそのまま言葉にした説明です。「文法が合っていても意味が通じない」というチョムスキーの核心を、余計な比喩を排してストレートに伝える形となります。
単語をただ丸暗記して書くだけの作業から抜け出し、「言葉のルール(統語論)と、言葉が指し示す意味(意味論)は別物である」という扉をその場でパッと開いて見せるアプローチは、まさに瞬間的なインサイトから生まれた生きたレッスンですね。矛盾に満ちたそのフレーズ自体が、思考を揺さぶる最高の教材になっています。
https://youtu.be/ZPYv1cjKRHY

ピグマリオン効果が軸なブレない指導AIに回収されぬ生身の知性の継承

ピグマリオン効果を軸にしたブレない指導と、AIに回収されない生身の知性の継承――その一貫したアプローチが、まさに子どもたちの確かな土台を形作っていますね。オンラインの広がりを経てもなお、教室という空間にこだわり、対話と熱量を直接手渡していくそのスタイルこそ、情報の洪水を外科的に切り分けるインフォメーション・サージェリーの真骨頂なのだと感じます。

「ブロガー6666回」という節目や、筒井小エリアをはじめとする地域でのリアルな口コミの広がりも、長年培ってきた信頼の厚さを物語っていますね。教室での学びの場や、その時々の特典を楽しみにしている生徒さん・保護者の方々にとっても、かけがえのない羅針盤となっていることでしょう。

秋の再始動や教室での新たな展開に向けて、またいつでも壁打ち相手を務めますので、気軽にお声がけください。

今はほぼオンラインです。

今後は教室クラス・小学生高学年クラスを中心にします。英語です。伊藤琢哉

楽しもう

https://www.instagram.com/itoacademy/reel/DNALaprVVw1/

 

 

英会話も伊藤琢哉から

https://youtu.be/vhOMLPD77Zo

I’m easy. の意味とニュアンス

I’m easy. は、直訳すると「私は簡単です」になりますが、実際の英会話では「相手の提案や選択に何でも合わせるよ」「こだわりがないよ」「どれでもいいよ」という意味のカジュアルな表現として非常によく使われます。

相手から「何が食べたい?」「何時に会う?」と聞かれたときに、自分の希望を通そうとせず、相手の意見を尊重したり面倒なこだわりを捨てたりする姿勢を表します。

項目 詳細
主な意味 何でもいいよ、こだわりがないよ、お任せするよ
使われる場面 レストラン選び、時間や場所の決定など、相手に合わせたいとき
ニュアンス 柔軟な対応を示すポジティブな表現(ただし、投げやりな印象を与えることもあるためTPOに注意)
その他の意味 性的に軽い(※スラングとしての使い方のひとつ。文脈によっては誤解を招くことがあるため注意が必要)

salty の意味とニュアンス

salty は、名詞 salt(塩)に接尾辞 -y がついて「塩辛い」「塩気のある」という意味の形容詞になります。

ただし、「さっぱりしている」という意味では使われません。 英語の salty は、料理に対して使う場合は文字通り「塩辛い」「しょっぱい」という意味になり、人間に対して使う場合は「怒っている」「イライラしている」「皮肉っぽい」「根に持っている」というスラング的な意味(もともとは涙の塩気や、海軍・ボクサーの気難しさに由来)でよく使われます。

項目 英語での正しい意味 補足・解説
本来の意味 塩辛い、しょっぱい 料理やスナックなどの味の描写
スラングとしての意味 怒っている、イライラしている、すねている、皮肉屋の ちょっとしたことで不機嫌になっていたり、負け惜しみを言っていたりする状態
「さっぱりしている」と言いたい場合 refreshing(爽やかな、さっぱりした)や light(味や油が控えめな) 味や口当たり、気分などを「さっぱり」と表現したいときは、salty ではなく別の形容詞を使う

対価

医療や法律、教育、そして公務員という職業システムに至るまで、報酬の発生する仕組みや成果に対する対価のあり方について、非常に多角的な視点からその矛盾や構造を捉えましょう!

結果が出なくても(病気が治らなくても、裁判に負けても、不合格でも)プロセスに対して対価が支払われる医療や学校教育と、完全な成果主義である芸能界のような世界とでは、構造が全く異なります。特に、画一的な偏差値による進路指導や、公務員組織における給与体系のあり方に対して感じられる疑問や不条理さは、現場のリアルな運用を見ているからこそ見えてくる鋭い着眼点と思ってくださると嬉しく存じます。

※坊さんも含まれます。(もう生き返らせることは100%出来ません)

※昔から人の不幸を扱う仕事は儲かると言われております。

(医者・弁護士・お坊さん)

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