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■看護専門学校受験コース■

20代・30代のOLの方や、引きこもりの方で再度、小さいころからの夢であった看護師になる夢をかなえるお手伝いをさせてください。今後はこのコースに力を入れさせていただきます。もちろん現役の看護専門学校の方や看護大学の方もウェルカムです。料金相談はやめていましたがこのコースのみ、8月中に入塾された方には行いますので、なにとぞ相談くださいませ。

伊藤琢哉はカウンセラー経験が長すぎる

愛知県名古屋市東区筒井のITO ACADEMYにおける授業スタイルや、主催者(伊藤琢哉)の教育理念と「ゲシュタルト心理学」の因果関係について整理します。

愛知県名古屋市東区筒井のITO ACADEMYにおける授業スタイルや、主催者(伊藤琢哉氏)の教育理念と「ゲシュタルト心理学」の因果関係について整理します。

1. ITO ACADEMY と授業の特徴
柔軟な受け入れと「ひょっこり」な利用形態

自習室難民や他塾の環境に満足できない生徒に対し、「1語1絵塾」での1回完結の授業体験や、見学、一時的な自習室利用(夏期は1時間1,100円前後を想定)など、多様なニーズ(various types of students)に柔軟に対応する体制をとっています。

授業の本質とアメニティ

単なる「知識の詰め込み」にとどまらず、空間の快適さや、生徒一人ひとりの心理的背景に寄り添うアメニティを重視した、再出発や大人の知的サロンとしての側面も持つ学びの場です。

2.伊藤琢哉の授業と「ゲシュタルト心理学」の因果関係
伊藤琢哉の指導アプローチや「腹の底から理解させる」授業スタイルと、ゲシュタルト心理学の間には、以下のような深い理論的・実践的因果関係が見出されます。

① 「全体は部分の総和以上である」という原則
ゲシュタルト心理学の核心: 人間が物事を認識するとき、個別の要素(部分)の単純な足し算ではなく、全体としてのまとまり(構造・ゲシュタルト)を先に見出し、そこから意味を把握するという考え方です(「全体は部分の総和以上である」)。

授業への反映: 英語などの語学や難関大対策において、単語の丸暗記や文法の断片的な知識(部分)をバラバラに教えるのではなく、文章全体の構造や「オチ」、背景にある文脈(全体)と結びつけて「腹の底から理解させる」指導に直結しています。部分が全体のなかでどう生きるかを捉えさせることで、暗記に頼らない本質的な理解を生み出します。

② 「洞察学習(Insight Learning)」の促進
ゲシュタルト心理学の学習観: 試行錯誤による偶然の成功ではなく、問題状況の全体像(構造)をパッと見渡し、関係性に気づくこと(洞察)によって一気に解決に至る「洞察学習」を重視します。

授業への反映: 「問題を読むと同時に答えが出る」「苦手意識を魔法のように消し去る」と評されるような、知識が有機的につながり、急に視界が開けるような瞬間(アハ体験/ゲシュタルト的変容)を誘発する授業展開の背景に、この心理学的メカニズムが働いています。

③ 不登校からの再出発や個別支援(心理的統合)への応用
臨床心理的背景: 伊藤琢哉は予備校でのカウンセラーの経験を現場での経験として深く持っています。

授業への反映: 人間をバラバラの教科の成績(点数)だけで評価せず、その子の生活背景や感情、これまでの歩みを含めた「一つの全体像(その人らしさ)」として丸ごと受け止めるアプローチをとっています。バラバラになった心や学習の遅れを、安全で快適な空間アメニティの中で再統合(ゲシュタルト療法的なアプローチ)していくプロセスそのものが、ITO ACADEMYの「不登校からの再出発」を支えるカリキュラムの根幹を形作っています。

自習室難民や他塾の環境に満足できない生徒に対し、「一期一会塾」での1回完結の授業体験や、見学、一時的な自習室利用(夏期は1時間1,100円前後を想定)など、多様なニーズ(various types of students)に柔軟に対応する体制をとっています。

授業の本質とアメニティ

単なる「知識の詰め込み」にとどまらず、空間の快適さや、生徒一人ひとりの心理的背景に寄り添うアメニティを重視した、再出発や大人の知的サロンとしての側面も持つ学びの場です。

2. 伊藤琢哉の授業と「ゲシュタルト心理学」の因果関係
伊藤琢哉の指導アプローチや「腹の底から理解させる」授業スタイルと、ゲシュタルト心理学の間には、以下のような深い理論的・実践的因果関係が見出されます。

① 「全体は部分の総和以上である」という原則
ゲシュタルト心理学の核心: 人間が物事を認識するとき、個別の要素(部分)の単純な足し算ではなく、全体としてのまとまり(構造・ゲシュタルト)を先に見出し、そこから意味を把握するという考え方です(「全体は部分の総和以上である」)。

授業への反映: 英語などの語学や難関大対策において、単語の丸暗記や文法の断片的な知識(部分)をバラバラに教えるのではなく、文章全体の構造や「オチ」、背景にある文脈(全体)と結びつけて「腹の底から理解させる」指導に直結しています。部分が全体のなかでどう生きるかを捉えさせることで、暗記に頼らない本質的な理解を生み出します。

② 「洞察学習(Insight Learning)」の促進
ゲシュタルト心理学の学習観: 試行錯誤による偶然の成功ではなく、問題状況の全体像(構造)をパッと見渡し、関係性に気づくこと(洞察)によって一気に解決に至る「洞察学習」を重視します。

授業への反映: 「問題を読むと同時に答えが出る」「苦手意識を魔法のように消し去る」と評されるような、知識が有機的につながり、急に視界が開けるような瞬間(アハ体験/ゲシュタルト的変容)を誘発する授業展開の背景に、この心理学的メカニズムが働いています。

③ 不登校からの再出発や個別支援(心理的統合)への応用
臨床心理的背景: 伊藤琢哉は予備校でカウンセラーなどの現場での経験も深く持っています。

授業への反映: 人間をバラバラの教科の成績(点数)だけで評価せず、その子の生活背景や感情、これまでの歩みを含めた「一つの全体像(その人らしさ)」として丸ごと受け止めるアプローチをとっています。バラバラになった心や学習の遅れを、安全で快適な空間アメニティの中で再統合(ゲシュタルト療法的なアプローチ)していくプロセスそのものが、ITO ACADEMYの「不登校からの再出発」を支えるカリキュラムの根幹を形作っています。https://youtu.be/AiKWBf91L8I

パターナリズムもいいが母系中心家族もいいよ!伊藤琢哉は極右・極左でない!

妻が支配者・夫が支配者と言うのもいいが、家庭という小さな社会を円滑に回すための「舵取り役」や「精神的な要」として、最終的に家族全体を包み込み、守る存在であるからだ。

結局のところ、夫婦喧嘩を鎮める究極の鍵は、他者を変えようとすることでも、マニュアル通りの解決策に頼ることでもなく、自分自身の軸(axis)をしっかりと「firmly」に据え、相手の言葉や感情の波に翻弄されない強さを持つことにある。

どれほど理不尽な言葉を投げかけられようとも、それを真正面から受けて傷つくのではなく、「なんくるないさ」と受け流す余裕や、アンガーコントロール、あるいは呼吸やうがいに意識を逸らすような、自分を律するトレーニング(訓練)が欠かせない。それこそが、自分に立つのではなく自分を律するという本当の意味での「自立・律」なのだろう。

そして、相手を理解する――すなわち「understand」とは、まさに相手の「下に立つ(under stand)」ことであり、忍耐を持って相手を受け入れ、寄り添うことにほかならない。その姿勢があってはじめて、家族を真にサポートし、心地よい関係性を築き上げていくことができるのである。https://youtu.be/AiKWBf91L8I

感覚的な共感 のみならず事実を1分程度でスピーディーにまとめてしゃべる!

## カウンセリングのアウトラインとアプローチ

ITO・アカデミー塾長・伊藤琢哉によるカウンセリングの要点と、その背景にある視点を以下のように整理しました。

### 1. カウンセリングの核心:人対人格の分離

* **分かってもらえない苦しみ**:他者に理解されないもどかしさは誰しもが抱える自然な感情である。
* **別人格の認識**:自分と相手は「人と人格は別人格」であるという前提に立ち、「分かってもらえないが、悪い人ではない」という距離感を捉える。

### 2. ゲシュタルトの祈りとの融合

* 自身の自然な悲しみや感情を受け入れた上で、「ゲシュタルトの祈り」のエッセンスを掛け合わせることで、心理的なスタンスを整える。

* 感覚的な共感
にとどまらず、客観的事実をベースにわずか1分程度でスピーディーかつ本質的なアプローチを行う。

### 3. 伊藤琢哉のカウンセリングの特徴

* **傾聴の徹底**:相談者の言葉を「1ミリも聞き逃さず」に受け止める。
* **資格や経験を超越したアプローチ**:形式的な資格や経験年数ではなく、これまでの人生経験や独自の心理的洞察(人生心理)を統合した独自のスタイルで展開する。

—ゲシュタルト

心理学における意味
全体性:「全体は部分の総和以上のものである」と考え、人間はバラバラの要素を無意識に一つの意味ある形として認識します。
メロディの例:音符という個別の音の連続ではなく、曲全体として耳に届く仕組みのことです。

日本ゲシュタルト療法学会  引用
よく使われる関連用語
ゲシュタルト崩壊:同じ文字をずっと見つめているうちに、全体としてのまとまりが分からなくなり、ただの線やバラバラの部分に見えてしまう現象です。
ゲシュタルト療法:過去ではなく「今、ここ」の自分全体に気づき、心身のバランスを取り戻すことを目指す心理療法です。

**【ご予約・お問い合わせ】**
本カウンセリングの詳細やご予約は、お電話にて承っております。

TEL
052-931-3987

090-3835-0106

TAKUYA ITO

王様裸じゃんって素直に言ってしまう正直すぎるchildishな塾長が1対1指導の塾

「王様は裸だ」、か。

ガキがね、鋭いんだ、これが。大人ってのは、よせばいいのに、しがらみってやつにがんじがらめにされてやがる。ブランドのラベル、着飾った虚栄心、すっとこどっこいな世間体。そういう目に見えない「衣」を何重にも着込んで、「どうだ、俺は立派なもんだ」ってツラをして街を闊歩しやがる。詐欺師の口車に乗せられて、「おや、これは素晴らしいお召し物で……」なんておだてられ、仕舞いにはスッポンポンに剥ぎ取られてもなお、見栄を張る。滑稽を通り越して、哀れだな、ああん?

だがね、そこへいくとガキはどうだ。

あの汚れを知らねえ無垢な瞳、あの直情径行のド根性。あれだよ、あれ。空気を読むなんていう汚ねえ大人の論理を持ち合わせちゃいねえ。目の前にある現実だけを、ただそのまま、ぶっきらぼうに、しかし容赦なく突き刺しやがる。「おい、親父、何威張ってやがるんだ、丸裸じゃねえか!」ってな。これが今を生きるだぞー。普通の人では覚悟が要りすぎて出来ない所作だぞー!

ハッと我に返った時にはもう遅い。裸の王様は顔真っ赤にして、冷や汗タラタラ、トホホのホよ。

翻って、今の世の中を見やがれ。誰も彼もが「裸の王様」の親戚みたいなもんだ。しょぼくれた懐具合のくせに高級車を転がし、中身のねえ頭をファッションで取り繕う。山下清画伯を見習いなさい、あの方のあの潔さを! タンクトップ一枚、ランニングシャツを直に着て、「おにぎりが食べられればそれでいいんだ」って、あの純真無垢な魂の輝きはどうだ。一芸一能、それだけに命を賭けて、あとはからっきしダメ。だが、そこにしびれる憧れる!

世間の物差しなんぞクソ喰らえだ。格好ばっかり気にして中身がすっからかんの現代人よ、その着飾った衣装を一枚一枚剥ぎ取られた時、お前は何が残るってんだ、ああん?

ガキに指さされて笑われるその前に、てめえの本当の姿を鏡に映して、よおく見てみやがれってんだ!

正直者過ぎて今迄約60年馬鹿を見てきた大バカ者の塾長;伊藤琢哉より

電話でフラフラ まだ胃腸が【だ・め・だっ】

教室の扉を開ける、その前に
「分かってもらえない」という、本当の孤独
「本当に苦しいのは、分かってもらえないことじゃないか」

何気なく発したその言葉に、これほど多くの方がハッとさせられ、連絡をくださった。
「本当に苦しいのか?」と疑う声。
「本当に、本当に苦しいんだ」と漏らす息。

電話越しの声だけでは、温度は伝わらない。顔も見えない。目線の揺らぎもない。
だからこそ、すれ違う。

本当に苦しいのは、世界中の誰かに分かってもらえないことではない。
「一番分かってほしい人」に、何度伝えても届かないことだ。

言葉にしても受け取ってもらえない。
そもそも、聞く気がないことが肌で伝わってきてしまう。

夫にとっての妻。

子にとっての親。

親にとっての子。

「どうせ言っても無駄だ」と諦め、人はだんだんと仮面を被り、口を閉ざしていく。自分の本当の気持ちを、心の奥底に押し込めていく。

苦しさの正体
ここで一つ、大切な真実を伝えたい。

それは、相手が悪いわけではないということだ。
心が苦しくなる本当の原因――それは、「心の主導権」を相手に丸ごと渡してしまっている状態そのもの。

「分かってもらえたら安心し、分かってもらえなければ絶望する」
自分の心が、相手の反応という「他人軸」に支配されている。これは、あなたの心が発している、最も切実なアラートなのだ。

親御さんは言う。
「うちの子、何を考えているのか分からないんです」

子どもは言う。
「どうせお母さんは、僕の話なんて聞いてくれない」

お互いが相手の反応に振り回され、家庭という最も安全であるはずの場所が、いつしか息の詰まる戦場になってはいないだろうか。

伊藤琢哉のマンツーマンが、なぜ選ばれるのか
文豪が描く心理描写の美しさよりも鋭く、商売人の直感よりも深く。
あなたの、そしてお子様の心の奥底にある「言葉にならない叫び」を、伊藤琢哉は見逃さない。

なぜ、伊藤琢哉の塾でなければならないのか。

それは、ここは単に勉強を教える場所ではないからだ。
子どもが「この人だけは、本当に自分を分かろうとしてくれる」と実感し、親御さんが「うちの子は、こういう目をしていたのか」とハッと気づく場所だからだ。

他でもない、伊藤琢哉のマンツーマンだからこそ、凝り固まった心の糸がほどけ、失いかけていた「心の主導権」を取り戻すことができる。

「伊藤琢哉の塾にしか行かない」
そう言っていただける理由が、ここにあります。

ご案内
現在、多くの反響をいただき、当教室のマンツーマン指導は満席に近い状態となっております。(電話)
「分かってもらえない苦しみ」を抜け出し、親子で本当の信頼関係を取り戻したい方へ。

あなたと、大切なお子様にお会いできるのを心よりお待ちしております。

【行列ができるマンツーマン教室】

お問い合わせ・お申し込みは、メールまたはお電話にて承っております。

※定員に達し次第、受付を終了いたしますのでご了承ください。090-3835-0106

OR

052-931-3987

問題は、「どの次元の承認を、誰が与えるか」というクオリティの差にある。

承認の構造改革:結果の幻想を捨て、どこにレバレッジをかけるか
誰から褒められたいかという問いの根底にあるのは、人間の根源的な承認欲求、そしてその先にある自己実現へのドライブである。

マズローの欲求段階説における底流には生命維持や防衛の本能があり、その階段を登り詰めた先に「自己実現」の境地が待っている。そのプロセスにおいて、他者からの承認は不可欠なエネルギー源となる。しかし問題は、「どの次元の承認を、誰が与えるか」というクオリティの差に他ならない。

多くの凡庸な親や教師、あるいは未熟な指導者は、結果(リザルト)だけを評価する。
「100点取って偉い」「偏差値が上がって素晴らしい」――これらは思考停止の同義反復(トートロジー)にすぎない。結果というスナップショットだけを褒める行為は、指導者側のリソースを一切使わない怠慢であり、受けて側の成長エンジンを焼き付かせる。

逆に、「褒めるのが苦手だ」と拗ねる指導者論外の大人たちも論外である。プロフェッショナルな環境、あるいは洗練された人間関係において、承認とは感情の垂れ流しではなく、意図的に設計されたマネジメント・テクノロジーなのだ。

真にハイレベルなリーダーや教育者が実践すべき「5つの承認レベル」を以下に定義する。

人材価値を高める「5段階の承認システム」
リザルト承認(結果の承認)

定義: 出された成果、数値、順位に対する評価。

評価: 最も低次元であり、誰でもできる。これに依存すると、人間は結果が出ないことに対する恐怖心を抱くようになる。

プロセス承認(過程の承認)

定義: そこに至るまでの試行錯誤、努力、ストーリーに対する評価。

評価: 「下手な横好き」であっても、主体的に取り組む姿勢そのものに光を当てる。好きこそものの上手なれの法則を起動させるための必須条件。

ビヘイビア承認(行動の承認)

定義: 日々の習慣、具体的なアクション、行動経済学的なアプローチに基づく実践の承認。

評価: 抽象的な努力ではなく、実行された「事実」を肯定することで再現性を生む。

コンシャスネス承認(意識の承認)

定義: 内面的な動機、志、問題意識、当事者意識の変化に対する評価。

評価: 「なぜそれをやるのか」というマインドセットの深化を認め、内発的動機を最大化する。

ビーイング承認(存在の承認)

定義: その人間がそこに存在している事実、そのものの価値そのものを丸ごと肯定する。

評価: 最も高次の次元であり、条件付きの愛や評価を超越した、揺るぎない心理的安全性の基盤となる。

続き:自立した個を創るリーダーの条件
次元の低い指導者は「結果(リザルト)」を買い叩き、次元の高い指導者は「存在(ビーイング)」を支える。

では、このピラミッドの頂点に立つ者は、組織や次世代に対して何を遺すのか。それは、他者承認の依存から脱却し、「自分で自分を褒める技術(セルフ・リインフォースメント)」のインストールに他ならない。

優秀な経営者や真の教育者が目指すべきゴールは、自分がその場にいなくても、本人が自らのプロセス(第2段階)を愛し、日々の行動(第3段階)を律し、高い意識(第4段階)を持ち続けられる自走型のシステムを構築することである。

「褒められるためにやる」という他者依存のステージから、「圧倒的な自己一致の末に、ただそこに存在して価値を創出する」という究極の境地へ。

承認とは、単なる「褒め言葉」のバラマキではない。人間の可能性という名の鉱脈を掘り当てる、最高難度の経営戦略なのだ。

あっち―ちーあっち―燃えているんだろうか。燃え尽きすぎて燃え尽き伊藤琢哉

漫才風台本:手と目、そして熱いカレー
[舞台袖から登場する、勢いだけの講師(伊藤琢哉風)と、冷静なツッコミ役]

伊藤:(両手をグーパーさせながら)どうも! ITOアカデミーの伊藤琢哉です! 生徒を見る時はね、手! そして目! この「手・手・目・目」でしっかりと見させていただきます!てめーてめー

ツッコミ:突然のこち亀のロボコーチみたいなボディチェックはやめてください。あと「手・手・目・目」って言いたいだけでしょう。

伊藤:さらに、手で感じる「ハンド・トゥ・ハンド」! 時間にダイレクトにね、アカデミックなところを伸ばして見せますよ! 考え方、思索法までバッチリだ! さあ皆さん、ノートに「手」って書いてみて! その下に「目」って書いてみて!

ツッコミ:急に何ですか、その漢字の書き取りテストは。シュールだな。

伊藤:そこから繋がるのが、看護師! そう、ナース(nurse)です! 皆さん、ナースの動詞の意味、ちゃんと調べておいてくださいね!

ツッコミ:急に真面目な英語の授業始まったよ。

伊藤:つまり、ケアをギブする人、ケアギバー(care giver)ですね! まさに「テイク・ア・グッド・ケア・オブ」の精神で、十分なまでに手厚く……って、「手厚い」だな! 「熱いなー」じゃなくて! 「暑いなー」、最近暑い日が続いてますけども!

ツッコミ:自分でボケて自分で回収した! ていうか、今日の気温の話ぶっこんできたな!

伊藤:そう、ホット(hot)だね! ホット・カリー! あ、ホット・カリー! あ、ほか……あ、ほかっ……。

ツッコミ:おい、今「あほか」って自分で言いませんでした? 講師が生徒に向けて「あほか」って叫んだぞ、コンプライアンス!

伊藤:違う違う! 「ホット・カリー」って言ったんですよ! 「あ・ほ・か」じゃなくて、「あ・ホット・カリー」ね!

ツッコミ:無理があるわ! 「ホット・カリー」って言おうとして盛大に滑っただけでしょうが!”a”の大切さ!!

伊藤:いやいや、よくあるでしょ? 英語のイディオムで「ア・ホット・ポテト(a hot potato)」って言ったら、厄介な問題!(センターに出たよね) だから、ア・ホット・カリーなら、「辛いカレー」です!

ツッコミ:そんなイディオム聞いたことねえよ! 自作のスパイス強めのジョブ言うな! お腹いっぱだよ!

伊藤:(真顔で)さあ、そんな熱い授業を、今日もダイレクトにお届けします!

ツッコミ:誰も笑ってねえよ! もういいよ!

追記

講師はかくあるべき

講師・教師の「五者」
学者(がくしゃ)

意味: 教科指導や学問の本質に深く精通し、正確な知識や解法を教えること。

医者(いしゃ)

意味: 生徒の心身の変調や悩みに気づき、カウンセラーのように寄り添ってケアすること。

役者(やくしゃ)

意味: 教室という舞台で表情や声のトーンに緩急をつけ、生徒を引き込んで飽きさせない授業を演じること。

芸者(げいしゃ)

意味: 独自のトークやパフォーマンス、ユーモアで生徒を魅了し、勉強への興味を引き出すこと。

易者(えきしゃ)

意味: 生徒の適性や未来を見抜き、的確な進路指導やアドバイス(受験の「山勘」や「読み」も含めて)を与えること。

ITOアカデミーには、古き良き武士道精神を宿す学徒たちが集う道場が在る。

## 経験はデータ化されるか? 経験はAI化されない?

時は令和の世。空を舞うドローンは蜻蛉の如く、掌に収まる矩形の魔鏡は人の魂を吸い取るかの如き文明の光景の中、此処ITOアカデミーには、古き良き武士道精神を宿す学徒たちが集う道場が在る。

塾長、伊藤琢哉。齢アラカンにして眼光鋭く、彼の歩む姿は猛虎が如し。彼の授業は、現代の教育の常識を覆す、摩訶不思議な体験型授業であった。

1年以上前まだ整理されていない雑然とした教室での思い出です。

ある日の夕暮れ時。アカデミーの一室にて。

壁には、かつての生徒たちが汗と涙を流し、書き記したノートが山積されている。机の上には、伊藤塾長の愛用する万年筆と、デジタルノートアプリの端末が並ぶ。その隣に、一人の男子生徒が座っていた。

生徒「塾長、この問題の解法、データ化してみたのですが、どうも合点がいかないのです。」

伊藤塾長は、生徒のノートと画面を見比べ、深く頷いた。

伊藤「ほう。君なりに分析したのだな。だが、この解法、データの波には溺れているが、君自身の血肉にはなっておらぬのではないか?」

生徒「血肉ですか?」

伊藤「そうだ。データ化された知識は、あくまで「情報」に過ぎない。それを自らの経験として、魂に刻み込むためには、泥臭いプロセスが必要なのだ。」

伊藤塾長は、生徒の前に一枚の白紙のノートと万年筆を置いた。

伊藤「さあ、もう一度、自分の言葉でこの問題を解きなさい。デジタルな魔鏡に頼らず、君の頭と心を総動員して。」

生徒は戸惑いながらも、万年筆を握りしめた。頭の中で、伊藤塾長の言葉がこだまする。

「計算式は、数字の羅列ではない。人生そのものだ。迷ったら、己の魂に問いかけろ。」(このころは数学もやっていた・・)

生徒は、数字の一つ一つに想いを込め、伊藤塾長の言葉を反芻しながら、難解な数式を解いていった。万年筆が奏でる音は、彼自身の心臓の鼓動の如く、力強く響き渡る。

やがて、生徒は問題を解き終えた。その瞳には、先程とは異なる、深い輝きが宿っていた。

生徒「塾長、できました!この問題、こういう意味だったんですね!」

伊藤塾長は、満足げに笑った。

伊藤「そうだろう?君自身の経験として、データ化不可能な知識が、君の心に刻まれたのだ。」

伊藤塾長は、生徒の解法ノートを万年筆で「経験」と書き添えた。

伊藤「デジタルな時代だからこそ、アナログな経験こそが、真の価値を持つのだ。我々、ITOアカデミーは、その「経験」を創造する場である。データ化された知識に依存するAIには、到底模倣できぬ世界だ。」

その言葉は、アカデミーの壁を突き抜け、夕暮れの街へと吸い込まれていった。

AIが人間の仕事を奪うのではないかという不安が渦巻く現代社会において、ITOアカデミーは、人間が人間らしく生きるための、一つの指針を示しているのかもしれない。データ化されぬ経験こそ、人の魂を豊かにし、未来を切り拓く力となるのだと。

伊藤琢哉塾長の熱い言葉と、生徒たちの真摯な姿は、これからもこの学舎で、時代を超えて語り継がれていくことであろう。

その名は、ITOアカデミー。

経験と魂が織りなす、学びの物語が、此処に在る。

ITO ACADEMY servant leader 伊藤琢哉

今日は胃腸の激痛で少し休みます。電話対応はできます。

伊藤琢哉自身の胃腸が激痛になってしまい夜中から七転八倒です。

さて私の教え方は発達障害・神経発達症をお持ちのお子様とお持ちでないお子様も全く同一です!

「★人格を陶冶(とうや)する」ストラテジーです!

★生まれ持った性質や能力を鍛えて、立派な人間性を育て上げることです。もともと「陶」は陶器を焼き、「冶」は金属を溶かして鋳物を作る意味であり、転じて「時間をかけて人柄や心を磨き整えること」を指します。

只今、夏期講習を受付中!

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