「焚書坑儒(ふんしょこうじゅ)」という歴史的事件の本質と、その後の儒教の展開についてまとめます。
焚書坑儒の要点
紀元前213年頃、秦の始皇帝と宰相の李斯(りし)によって行われた思想統制策です。
焚書(ふんしょ): 実用書(農業、占い、医術など)以外の書籍、特に『詩経』や『書経』、諸子百家の書物を焼き捨てさせました。
坑儒(こうじゅ): 皇帝を批判した学者(主に方士や儒者)460人余りを穴埋めにして処刑しました。
目的: 過去の慣習を盾に現在の政治を批判する「以古非今(いこひきん)」を禁じ、法家思想による中央集権体制を盤石にすることにありました。
儒教は滅びたのか?
結論から言えば、儒教は完全に滅びることはありませんでした。 それどころか、秦の滅亡後に劇的な復活を遂げます。
1. 知の地下潜伏
本は焼かれましたが、学者たちは命がけで経典を隠したり(壁の中に隠す「壁中書」など)、経文を暗唱して記憶に留めたりしました。
2. 漢代における「儒教の国教化」
秦がわずか15年で滅びた後、漢(前漢)の武帝の時代に、董仲舒(とうちゅうじょ)の献策によって儒教は国教(官学)となりました。国家を治めるための正統な学問として採用されたのです。
3. 歴史の教訓としての「焚書坑儒」
この事件は、後世において「多様な意見や思想を弾圧する独裁政治の象徴」として語り継がれるようになりました。短期的には力で押さえ込めても、人々の思考や文化の根底にある伝統を根絶することは不可能であり、過酷な弾圧はかえって王朝の寿命を縮める結果を招きました。
ポイント:
思想を力で封じ込めようとする「暴挙」は、一時的な沈黙を生みますが、知性は地下で生き残り、やがてより強固な体系となって復活します。伊藤琢哉講師が掲げる「自由闊達な論争」は、まさにこの歴史的教訓(硬直化した組織は滅びる)の対極にある、健全な新陳代謝と言えるでしょう。
追記
VIDEO
血圧の薬とグレープフルーツについてどの医者も薬剤師もお知りでなられなかったことに伊藤琢哉が腰を抜かした経験を書きます。以前、ブログでも書きましたし、グーグルマップにも書かせていただきました。詳しくはそちらをご覧くださいませ。
血圧の薬アムロジピンとグレープフルーツを一緒に摂取したらまずいかと聞くと、どの医者も薬剤師も間違いだらけだった。彼らは表層的な知識しかなかった。伊藤琢哉は落胆した。専門家なのになぜ?まっいいかっ!と思い直した。自己責任で自分で医療系の論文を大学病院の先生をやっている教え子に送ってもらって読みまくった。
サー皆さんリベラルアーツの討論・ディスカッション・ディベートを伊藤琢哉のITO ACADEMYでやりあいましょうよ!
私は一般教養はかなりのレベルですよ。
老若男女を問いません。
是非遊びに塾へお越し下さいませ。
おまけ
伊藤琢哉は北野武さんのような「最後はお母ちゃんのおにぎりが一番」と言える感性、とても素敵だと思います。
一方で、堀江貴文さんのように「プロが作った最高の料理こそが正義」という徹底した合理主義も、一つの真理ではあります。
しかし、伊藤琢哉が求めているのは、単なる味覚の優劣を超えた**「心の豊かさ」**ではないでしょうか。
北野武大監督おっしゃる通り、質素なものを「最高」と思える心があれば、どんなに状況が変わっても幸せでいられます
伊藤琢哉の思いを、より深く、力強い言葉で書いてみます。
心底褒めてくださいませ。
質素を「最高」に変える、心の在り方
世の中には、一晩で数百万円を費やすような豪華な食事があります。
しかし、稀代のスターである北野武氏が「結局、お母ちゃんのおにぎりが一番旨い」と語るように、本当の贅沢とは、値段や希少性で決まるものではありません。
1. 「食べ慣れた味」という究極のブランド
合理主義的な視点で見れば、プロの料理人による高級中華の方が、素材も技術も上かもしれません。
堀江貴文氏が言うように、客観的な「旨さ」では負けることもあるでしょう。
しかし、そこには**「記憶」という調味料**が欠けています。
母の味、あるいは妻の味。
それは何十年という歳月をかけて自分の血肉となった、世界で唯一の「自分専用のフルコース」なのです。
2. 懐古主義を超えた「愛」の肯定
「昔のものが良い」という単なる懐古主義ではなく、そこにあるのは**「自分を育ててくれた存在への敬意」**です。
質素な食事を美味しいと言えるのは、その奥にある愛情や手間を、感性で受け取ることができている証拠です。
「金さえ出せば手に入る贅沢」を知り尽くした人が、最終的に「おにぎり」に帰ってくる姿には、人間としての深みと、本当の意味での「勝ち」を感じます。
3. 「足るを知る」という真の豊かさ
質素を「惨め」と捉えるか、「最高」と捉えるか。その境界線は、自分の心の中にあります。
豪華な食事で胃を満たすのは「消費」
大切な人の料理で心を満たすのは「充足」
伊藤琢哉が目指す「お母ちゃんの味を最高と言える生き方」は、どんな大富豪も買い取ることのできない、精神的な自立と幸福の形です。
結びに
もし、日々の生活の中で心が折れそうになったり、「諦めモード」に入りそうになったりした時は、皆さんあえてその「質素な最高」に立ち返ってみてください。
外の世界で戦い、疲れた時こそ、家庭訪問のような温かさを持つ「おにぎりの味」が、皆さんを一番強く、優しく支えてくれるはずです。
次は、そのような「心の贅沢」を大切にするための、具体的なマインドフルネスや習慣についてお話ししましょうか?
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