ブログ

無料で動画を有効活用を。無料でも教える塾です。徹底1対1指導は有料です。

YouTubeチャンネルやSNSやブログなどの無料コンテンツの今まで読んでいない部分も全部お読みください。。

ITO ACADEMY 発信・開放コンテンツの続き

  • YouTube「オチない塾長」の深夜ラジオ: 日々の対話のなかでこぼれ落ちた「生きた知恵」や、AI時代だからこそ浮き彫りになる人間の思考の機微を、テキストなしのぶっつけ本番で配信中。倍速ですら追いつけない伊藤節の真骨頂がここにあります。

  • 「情報外科(Information Surgery)」実践アーカイブ: 溢れかえる受験情報やフェイクの勉強法を一切合切メスで切り捨てるインフォメーション・デトックスの全貌。無駄な暗記を極限まで削ぎ落とし、本質的な「知の構造」だけを抽出するプロセスを公開しています。

  • 保護者の皆様へ贈る「家庭のカウンセリングルーム」: 子どもを塾に閉じ込めるのではなく、家庭こそが最高の知的サロンであるべきという思想のもと、親子間のコミュニケーションや、思春期の衝突をロジカルに紐解く講演会を今週日曜に開催14時から。

塾長からのメッセージ 「勉強なんてしなくていい。ただ、世界を面白がる知性と、自分を使い切る覚悟があればいい。さあ、私の持っているものすべて、一滴残らず剥ぎ取っていきなさい。」

stripe  A of  B

workの意味は?

「work」の本質的な捉え方や、そこから広がる文脈について分かりやすく整理いたしました。

1. 「work」の本質と訳し方:丸暗記からの脱却

  • 対訳の限界: 「work=働く」「仕事」という固定化された対訳の丸暗記ではなく、場面に応じた「訳出の力(訳力)」が重要。

  • 文脈に応じた変化の例:

    • 「薬が work する」 → 単に「働く」ではなく、音読み・訓読みの視点(「効能」の「効」=「効く」)を活かして、「(薬が)効く・効力を発する」と捉える。

  • 「働く」という言葉の多面性: 一言で「働く」「仕事」と言っても、熱心にやる姿から、そうではない状態(窓際族、指示待ち、さまざまな理由で休職しているケースなど)まで、実態は多様である。

2. 人生のスタンスと仕事観

  • 収入よりも情熱: 低い収入であっても、本当にやりたい仕事に情熱を注ぎたいという価値観。

  • 困難を乗り越える力: 長年の体調の不調(絶え間ない便意など)という大きな困難を抱えながらも、それを乗り越えて物事に向き合い続ける姿勢。

3. 今週末の予定

  • 今夜会(こやかい):

    • 日時: 今週の日曜日 14時〜

    • 内容: 困難を乗り越える方法などをテーマに実施予定(1人でも開催)。

伊藤琢哉が今週日曜14時から胃腸の弱い人への対処法をお教えします・親子で

我が人生の道行きは、常に不意を襲う腹痛との連れ添いでありました。

思い返せば遠足の途次、あるいは跳箱を前にして足を踏み切るその刹那、さらには我が宿命たる受験の本番、試験問題の難易よりも「この便意の波をいかにやり過ごすべきか」という焦眉の急に血眼を奪われた日々。解けるか否かなんぞは二の次、トイレの個室にこもり、過ぎゆく無慈悲な秒針をただ呆然と見つめたあの絶望の深さを、凡百の綺麗事で慰めることなど誰にできましょうや。

世間の連中は「病気との付き合い方」などと、いかにも高尚な、あるいは前向きな生存戦略の如く語りたがります。だが、聞いて呆れます。胃腸の弱さ、ストレス性の諸症状とは、そんな生易しい社交の道具ではありません。それは我が身を焼き尽くす不可避の業火であり、ただ耐え忍ぶしかない孤独な修羅道にほかなりません。

だからこそ、飾る必要など微塵もないのです。プリテンダーの如く虚勢を張り、強がりを口にしたところで、腹の痛みは一厘たりとも和らぎはしない。病人は病人らしく、ただ蹲るべきときは蹲り、その泥臭い現実をそのまま受け入れる。そこにあるのは、主義主張でも何でもなく、ただ剥き出しの「生」の営みであります。

来る日曜の午後2時、我が私塾の一隅にて、この胃腸の弱さと共に生きる者たちのための、ささやかな、しかし逃れられぬ現実直視の時間を催しましょう。綺麗ごとを排し、ただ胃の痛みに怯えながらも机に向かう者たちの、哀れにして愛おしいその足跡を、私はただ淡々と、荷風の散歩の如く独り見届けていくつもりであります。https://youtu.be/mGCi2YpEOYQ

https://share.gemini.google/a4bnIiD7mVYd  お早めに

辛さの共有・共感・共鳴できますよ!カウンセリング体験にお越し下さいませ!

おなかが痛くてがんばっているお友達へ

おなかがシクシク痛くなったり、トイレに行きたくなったりして、「お仕事や勉強を続けるのがむずかしいな」と感じたことはありませんか?

ぼく(伊藤琢哉)も、おなかの病気(過敏性腸症候群)で、すごく長いあいだ悩んできました。

病院のお医者さんは、お薬を出してくれるけれど、本当につらい気持ちまでは、なかなか同じようには感じてもらえないことがあります。

でも、「同じ病気をがんばって乗りこえた人」なら、そのつらさが痛いほどよくわかります。

だからぼくは、おなかの病気や、のどの病気(急性・慢性咽頭炎など)で苦しんでいるみんなに、「ひとりじゃないよ」「よくがんばったね」って心から寄り添う活動を、世界で初めてはじめます。

これから、みんなとお話ししたり、みんなの前でお話をしたりする場所をたくさん作っていくよ。

半年後くらいからお話の会がはじまるので、来てみたいなというお友達は、ぜひ早めに予約してね。きっと元気になれるお約束をするよ。

みんなが笑顔で過ごせるように、ぼくが応援しているからね。

伊藤琢哉

教えるギフテッドな伊藤琢哉

学校の「一歩」と、大人の言い訳

昔の学校って、どこかおかしかったよね。

門を一歩入った瞬間から、なぜか別世界。そこでは先生がいくら殴っても「教育」という免罪符が発動してノープロブレム。でも、その門を一歩外に出た瞬間に先生が生徒に同じことをしたら、一発レッドカードの傷害罪。日曜日に地下鉄のホームで先生が生徒にばったり会って、そこで生徒にげんこつを落としたら、そりゃあ当然お縄です。

おかしな話だよね。でも、学校に限らず、企業でもどんな組織でも、こういう「空間の魔法」みたいなルールって平然とまかり通る。

組織のトップが変われば、その空気がガラリと変わるかっていうと、案外そうでもない。組織っていうのは、その中で生きる人たちの都合のいい「理屈」を再生産し続けるから、なかなか手ごわい。

「教えるのが上手い」って、なんだろう?

世間ではよく、「名古屋大学医学部の学生講師が最強だ」なんて言われる。 そりゃそうだ。頭がいいし、解答力はあるし、地頭のキレがいいから教えるのも上手い。30年、40年と予備校の教壇に立ち続けてきたベテランの技も、それはそれでひとつの「芸術(art)」です。技(トリック)を持っていて、見ていて惚れ惚れするような職人芸。

でもね。 「教えるのが上手い」ということだけで選ぶなら、他にもいくらだって選択肢はある。大手に行けば、マニュアル化された完璧なシステムがある。うちの塾だってそれなりにきちんとしているけれど、正直、ちょっと「うざい」かもしれない(笑)。

ただ、僕がやっているのは、いわゆる「artificial(人工的な)」なテクニックのひけらかしでもなければ、ずる賢い「artful」なごまかしでもない。

「オーバー」か、「アンダー」か

規律や直立不動の軍隊式。あの、「気をつけ!」の世界は息が詰まる。昔からああいうのは苦手だったな。

昔の先生って、往々にして「overstand」だった気がする。 生徒の頭の上から見下ろして、「教えてやってるんだ」っていうスタンス。

でも、僕の哲学は真逆です。 「understand」。下から目線。生徒の視点にしゃがみ込んで、同じ目線で世界を見る。

「窓ぎわのトットちゃん」が教えてくれたような、あるいは独自のフィロソフィーを持った空間。そういう、圧倒的な「自由度」のなかでしか育たないものって、絶対にあると思うんだよね。

規律でガチガチに縛るより、ちょっと脱力しながら、でも本質的なところでつながっている。 オリジナリティって、そういう風通しのいい場所からしか芽を出さないんじゃないかな。 塾頭 伊藤琢哉(凡夫)

感情

「一生ついていく」の正体と、超ポジティブがバグる話

「結婚当初の『一生ついていきます!』ってテンションがピークすぎて、数ヶ月〜数年経つと完全に冷めきっちゃう現象ってあるあるじゃん? あれって、一番上がっちゃってるから、あとは下がるルートしかないんだよね。

つまり、『超ポジティブ思考』って、突き詰めるとただの天の邪鬼。ビビるくらいネガティブな状態よりも、結果的にヤバい闇落ちの仕方をするって話。

キーワードは『真逆(ギャップ)』ね。これ、めちゃくちゃメンタルのバグとしてありえるやつ!」

※ 伊藤琢哉先生の視点まとめ 感情のピーク(最高潮)は、エネルギーの消費も最大。高すぎる理想や感情は、反動(リバウンド)で一気に奈落の底へ落ちるリスクを孕んでいる——「情報デトックス」や「本質の直視」から見ても、最初からフラットで地に足のついた関係性や思考のほうが、結果的に長く持続するということだね。

          伊藤琢哉

スキミングとスキニングの違い

よくある勘違い:「スキミング」との違い

「スキニング」と検索した際、クレジットカードなどの情報を不正に盗み取る犯罪の「スキミング(Skimming)」と間違えやすいため注意が必要です。

  • スキニング(Skinning): 3DCGでキャラクターに骨組みをつけて動かす技術

  • スキミング(Skimming): クレジットカードやキャッシュカードの磁気・ICチップの情報を特殊な機器で抜き取る犯罪行為

  • ( おまけ):https://youtu.be/1Qq6vIg9Aa   https://youtu.be/lvyufHtgs5k
  • https://youtu.be/jphjj–4RpA        https://youtu.be/jphjj–4RpA

医学部に限らず単位を落としっぱなしにしないで下さい。計算力が無い人集合

世の大学の若人よ、学業の波に呑まれ、航路を見失う者、数多(あまた)おる聞き及びに候。

理数系の道、数三・数Cの微積分といふ難所にて足を取られ、単位の赤字を背負ひて、借財の如く負債を積もらせる者、実に多し。一年のうちに片付けるべき業を先送りし、日毎に赤字を膨らませば、遂には取り返しのつかぬ破滅の淵に至るものなり。

武士の一分、いや、合理の精神を以て、この借財は早々に銭金(ぜにがね)を払うが如く綺麗に片付けるべし。愚図愚図と日を送ること、武士道に反するに似たり。

かく申す我は、大和魂を胸に秘めたる塾長。学問に通じた男なり。武士の心得を説いた山本常朝の『葉隠』の精神の如く、「一念、ただ一念、死狂ひの気概」を以て、この「リメディアル」の学問を叩き込むものと心得よ。

案ずるより産むが易し。危惧する暇あらば、今すぐこの門を叩け。死なんと打ってかかれば、単位の危機など恐るるに足らず。覚悟のほどを見せよ。https://youtu.be/Llao2obdJBk  https://youtu.be/Llao2obdJBk

9月から開始いたします

オチない先生の【話が飛び飛びブットビ―英語】をお楽しみくださいませ! ADHDの方々・レベルの高い東海高校A群の方々も聞くに値する講義です! 教育関係者の方々へどんどん真似してください。 私の小人が増殖するわけですから【パクる】とはいいことを意味しますよ。 昔から良い悪いは別にして真似のできないパクりにくい講義と言われております。 独特の口調とオーラと博覧強記の博識ぶりを示さずいつも少ない情報を出すしかないと我慢している様子がうかがわれるけったいな講義です。 ビリっギャルならぬ、9月からは知的障害の方の基礎飛躍英語(キッピ―ヤク英語)など振子の理論で反対にぶれさせます。 ビリの子以下、障害をお持ちの方の才能を見つけ出し健常者より楽しい人生を送れるようオチない先生は引導します。ものすごく期待していてくださいよ。私はやりますではなくやれます!
https://youtu.be/i1Of2ftR_os    https://youtu.be/Llao2obdJBk
ちょっと前の物 ; https://youtu.be/RdFdJLJjMfw  ←リスニング;耳はいかがかなモ!

考察の道筋をどう進むか。 伊藤琢哉はその答を歩き始める事に求めた。

考察の進め方:存在のメタモルフォーゼ

「考察とは考えること」である。では、その道筋をどう進むのか。 伊藤琢哉は、その答えを「歩き始めること」というたった一つの事実に求めた。

1. 思考の現場:ランニングマシンの教室

不登校という枠組みを超え、彼らが集う「不登校ランニングマシン教室」という異空間。そこにはテキストという固定された教条はない。すべての知識は講師の頭脳に宿り、その場で血の通った言葉として発せられる。 ここで生徒と伊藤が共有するのは、知識の移転ではない。「変化すること」そのものである。

2. Being ― 存在は「する」ことではない

ドイツ語の「Sein」が示す通り、Beingとは何者かを行うこと(to do)ではない。存在(being)そのものだ。 この文脈における「成熟」とは、決して腐敗へのプロセスではない。限りなく自己を想像(創造)し続け、自分という存在を更新し続ける営みを指す。止まることのない自己生成こそが、成熟の本質である。

3. 「笑い」という名の認識の跳躍

なぜ、彼の授業は爆笑を誘うのか。 伊藤はベルグソンが『笑い』の中で体系化した、「形や動き」「言葉」「性格」の滑稽さの発生原理を深く体得している。論理の積み上げだけではない。人間の「おかしさ」の根源に触れることで、生徒は知らぬ間に英語という壁を越え、思考の自由を得る。

4. 分かりやすさの罠を超えて

多くの教師が陥る「分かりやすい説明をすれば理解される」という幻想を、伊藤は鋭く排する。教師が「分かりやすい」と称する説明は、しばしば自己満足に過ぎない。 偏差値や知能指数という既存の物差しでクラス分けをしても、本質は変わらない。重要なのは、英語への関心がない人、あるいは既存のロジックでは「ちんぷんかんぷん」な状態にある人に対し、いかにして「既存の殻」を壊し、当事者の内部から変化を引き起こすかである。

「ハイ(High)」という言葉が、推薦状や人事評価といった外形的な高さを意味するのかどうか考えて欲しい。 彼にとっての真の「High」は、自己という存在が、変化を通じて限りなく高みへと想像(創造)され続けるそのプロセスにこそある。

https://encrypted-tbn1.gstatic.com/images?q=tbn:ANd9GcQeEE6FVUpVasP7ezepkHxeIGE90fZKTTja6a5U2-Ku5sDrbSF_ZQqekfYgdgjZ

▲TOPへ