講師採用情報

★講師募集★

共にITO・ACADEMYで働いてくれる講師を募集中です。
例えば以下のような経歴の講師の先生は大歓迎いたします。

中京法律専門学校、名古屋予備校などで20年程、務めさせていただいた。他からも要請がある。河合塾ライセンススクール・名古屋DDP予備校・東海学園大学・せいりん館高校、愛知学院歯学部講演会、早稲田予備校、志門塾【岐阜駅そば】、中津川予備校、さくらYELL予備校(恵那駅そば)、大志塾AXIS予備校(江南駅、滝高校生成績上位者のみ)セントヨゼフ、名英予備校、東京リーガルマインド(LEC)東京サクセス浜松校、田村塾【三重県津市で一番有名な塾】からの要請である。

【募集内容】
大手予備校人気講師歴が長い方や名門私立高校の先生だった方
医科系予備校講師、学者、塾講師経験者などでやる気のある方

■あなたの裁量で授業を構成
決められたマニュアルにただ従うのではなく、授業の内容をあなたの裁量で自由に構成することができます。自分が受験生だったときに思った「○○だったらいいのにな」を実践できる場です。講師は、学力は当然のことながら、熱意とプライドが最も必要とされる資質。日々、学力や講義能力のレベルアップをはかりながら、「絶対合格させるんだ!」という強い気持ちを持ち続けることが大切です。重い責任も伴いますが、大きなやりがいと達成感のある仕事。ぜひ力強い指導で、生徒を合格に導いてください。
※上記の内容の方は大歓迎です
経験者優遇。

時給応相談!元予備校人気講師とマンツーマン。個人塾最高水準の高時給で好待遇。
<時給例>
1)講師 TOEIC満点。時給5000円以上。
2)国連英検特A級取得者かつ英検1級、ビジネス英検など。時給3000円以上。

[1] 全学年全科目を教えられる人;重宝します。
[2] 解答力だけでなくむしろ教えるプロセスがうまい方、好待遇
[3] 私立高校でNEW TREASUREを全学年教えた経験のある方、優遇。
[4] 中堅予備校で人気№1が23年以上続いて今でも続いている方急募。
[5] 大手予備校人気講師経験者でご自分も塾の経営をされたことがある方優遇。
例えば以下のような経歴をお持ちの講師の先生は大歓迎いたします。

中京法律専門学校、名古屋予備校などで20年程、務めさせていただいた。他からも要請がある。河合塾ライセンススクール・名古屋DDP予備校・東海学園大学・せいりん館高校、愛知学院歯学部講演会、早稲田予備校、志門塾【岐阜駅そば】、中津川予備校、さくらYELL予備校(恵那駅そば)、大志塾AXIS予備校(江南駅、滝高校生成績上位者のみ)セントヨゼフ、名英予備校、東京リーガルマインド(LEC)東京サクセス浜松校、田村塾【三重県津市で一番有名な塾】からの要請である。
詳しい詳細はメールまたはお電話にてお問い合わせください。

 

募集職種 非常勤講師
指導対象 私立・国立・医学部を目指す大学受験生 高校入試対策、
中学入試対策、
学校の補講対策、
不登校の方のための家庭教師派遣業(小学・中学・高校・大学・大人、院生)
医学部編入試験対策をしたい社会人の方
授業形式 少人数制授業および1対1の個別授業
募集科目 英語・数学・物理・化学・生物・小論文・国語・算数
・理科・社会・日本史・世界史・地理・政治経済・地学
勤務地 地下鉄桜通線 車道駅 下車 徒歩6分
待  遇 応相談
募集期間 随時選考しております。
選考方法 1.書類審査
2.面接,筆記試験,模擬授業
応募方法 履歴書(写真貼付・希望科目明記)を下記までお送り下さい。
〒461-0003  名古屋市東区筒井2-4-52 3F
チューター募集:名大医学部学生など。生徒様からの質問受けできる解答力と人間力とコミュニケーション能力が必要とされます。時給応相談。講義はできません。

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超完全マンツーマンで授業を行う学習塾、予備校です。
時間制限が無い授業は生徒が理解できるまで徹底的に指導いたします。

ITO・ACADEMY
【住所】 愛知県名古屋市東区筒井2丁目4-52 3F
【TEL】 052-931-3987
【お問い合わせ方法】 電話またはメールフォームをご利用下さい。
【開講時間】 10:00~22:00
例えば以下のような履歴をお持ちの講師を求めます

中京法律専門学校、名古屋予備校などで20年程、務めさせていただいた。他からも要請がある。河合塾ライセンススクール・名古屋DDP予備校・東海学園大学・せいりん館高校、愛知学院歯学部講演会、早稲田予備校、志門塾【岐阜駅そば】、中津川予備校、さくらYELL予備校(恵那駅そば)、大志塾AXIS予備校(江南駅、滝高校生成績上位者のみ)セントヨゼフ、名英予備校、東京リーガルマインド(LEC)東京サクセス浜松校、田村塾【三重県津市で一番有名な塾】からの要請である。

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★貸し伊藤琢哉(略してカシタク)いかがですか?

とにかくカシタク試したい人として

老人ホームで、女子会で、同窓会で、グランピングのゲストで、カラオケ大会で・・・・・・・・・・

結婚式の余興で、路上ライブで、れいわ新選組のゲストで、などなど

60分単位で伊藤琢哉を一人占めできるチャンス!

しっかり聞いてもOK、聞き流しでもOK、BGMでもOK

伊藤琢哉【貸したく】は突き抜けますよ!!!!!

楽しもう

https://www.instagram.com/itoacademy/reel/DNALaprVVw1/

 

 

英会話も伊藤琢哉から

https://youtu.be/vhOMLPD77Zo

I’m easy. の意味とニュアンス

I’m easy. は、直訳すると「私は簡単です」になりますが、実際の英会話では「相手の提案や選択に何でも合わせるよ」「こだわりがないよ」「どれでもいいよ」という意味のカジュアルな表現として非常によく使われます。

相手から「何が食べたい?」「何時に会う?」と聞かれたときに、自分の希望を通そうとせず、相手の意見を尊重したり面倒なこだわりを捨てたりする姿勢を表します。

項目 詳細
主な意味 何でもいいよ、こだわりがないよ、お任せするよ
使われる場面 レストラン選び、時間や場所の決定など、相手に合わせたいとき
ニュアンス 柔軟な対応を示すポジティブな表現(ただし、投げやりな印象を与えることもあるためTPOに注意)
その他の意味 性的に軽い(※スラングとしての使い方のひとつ。文脈によっては誤解を招くことがあるため注意が必要)

salty の意味とニュアンス

salty は、名詞 salt(塩)に接尾辞 -y がついて「塩辛い」「塩気のある」という意味の形容詞になります。

ただし、「さっぱりしている」という意味では使われません。 英語の salty は、料理に対して使う場合は文字通り「塩辛い」「しょっぱい」という意味になり、人間に対して使う場合は「怒っている」「イライラしている」「皮肉っぽい」「根に持っている」というスラング的な意味(もともとは涙の塩気や、海軍・ボクサーの気難しさに由来)でよく使われます。

項目 英語での正しい意味 補足・解説
本来の意味 塩辛い、しょっぱい 料理やスナックなどの味の描写
スラングとしての意味 怒っている、イライラしている、すねている、皮肉屋の ちょっとしたことで不機嫌になっていたり、負け惜しみを言っていたりする状態
「さっぱりしている」と言いたい場合 refreshing(爽やかな、さっぱりした)や light(味や油が控えめな) 味や口当たり、気分などを「さっぱり」と表現したいときは、salty ではなく別の形容詞を使う

対価

医療や法律、教育、そして公務員という職業システムに至るまで、報酬の発生する仕組みや成果に対する対価のあり方について、非常に多角的な視点からその矛盾や構造を捉えましょう!

結果が出なくても(病気が治らなくても、裁判に負けても、不合格でも)プロセスに対して対価が支払われる医療や学校教育と、完全な成果主義である芸能界のような世界とでは、構造が全く異なります。特に、画一的な偏差値による進路指導や、公務員組織における給与体系のあり方に対して感じられる疑問や不条理さは、現場のリアルな運用を見ているからこそ見えてくる鋭い着眼点と思ってくださると嬉しく存じます。

※坊さんも含まれます。(もう生き返らせることは100%出来ません)

※昔から人の不幸を扱う仕事は儲かると言われております。

(医者・弁護士・お坊さん)

もうすぐ6666件になる。その瞬間でTELし申し込んだ人は特典を付けます!

舞台の帷が上がれば、そこは一瞬の幻影と実利が交錯する世界だ。大手や準大手の予備校講師と、かつての生保レディ、そして古き良き芸能の世界——これらは、本質において同根でありながら、決定的に異なる「似て非なるもの」の系譜を描いている。

男性版と女性版の双方が揃うのが予備校という名の舞台であるならば、女性版のみに特化していたのが生保レディの黄金期であった。かつて世代の空気をまとった人々が背負っていたものは、単なる労働の対価ではなく、一種の風俗としての求心力そのものに他ならない。

報酬と身分の危うさ

「一コマいくら」「一本いくら」という出来高の響きは、一見すると自由な個人事業主の意気軒昂さを感じさせるが、その実態は常に足元がすくわれるスリルと隣り合わせだ。大手予備校の講師陣の大部分が業務委託という名の下に置かれていることは、世間が抱く「先生」という高踏的なイメージとは裏腹の、冷徹な構造を露わにしている。

バイトより下、明日から来なくていいと言われる。

契約書すら交わされない不文律の時代から続くその不安定さは、実力のみがすべての世界における残酷な免罪符なのだ。人気という名の薄氷を踏み歩く彼らの姿は、事務所に守られた現代のタレントとは異なり、いつ消えてもおかしくない一発勝負の放浪芸人、すなわち「河原乞食」の系譜を色濃く残している。賞味期限の切れた者は、音沙汰もなく舞台から姿を消していく。その残酷なまでの新陳代謝こそが、この世界の美学であり、狂気なのだ。

人気という名の絶対信仰

予備校の教壇に立つ者は、生徒からモテる必要など本来はないはずだ。しかし、「モテること」イコール「人気」であり、それがそのまま生存の証明となる歪んだ磁場が存在する。教鞭を執る男たちの背中には、常に批評の眼と、冷徹な観客の審判が突き刺さっている。

私はその芸能的なまでのスリル、明日をも知れぬ危うさを孕んだ空間を、嫌いではなかった。いや、むしろ愛していたと言ってもいい。安住の地を持たず、ただ言葉とカリスマ性だけでその場の空気を支配し、次の瞬間には消え去るかもしれない儚さ。それこそが、ノーブルな精神を持つ者が愛してやまない、最も尖ったエンターテインメントの形なのだから。

テキスト無レッスンの旅に出よう!これぞ人生ではないか

人生とは、あらかじめ決められた正解や筋書きをなぞるものではなく、答えのない問いと向き合いながら、自らの手で意味を紡ぎ出していく旅のようなものではないでしょうか。

何かに熱中し、時には迷い、立ち止まりながらも、日々の小さな対話や選択の積み重ねの中に自分だけの輪郭が浮かび上がってくる。そうして不確実な現実の中を手探りで進んでいくプロセスそのものに、得がたい深みがあるように感じます。

伊藤琢哉は超人ではないのよー・・・・・・・

カール・ロジャーズの提唱するカウンセリングの三原則――「共感的理解」「無条件の肯定的関心」「自己一致」。この極めて純度の高い姿勢を体現し、いまや日本一の悩み相談者として圧倒的な存在感を放つのが伊藤琢哉である。

相談者が発する言葉の奥底にある微細な揺らぎを、まるで自分の体験であるかのように全身で受け止める共感的理解。どんなに複雑で矛盾に満ちた感情であっても、一切の評価や批判を挟まず、目の前の人間の存在そのものを丸ごと肯定する無条件の肯定的関心。そして、自らの内面と対峙する態度に一切の嘘や偽りがない自己一致。伊藤琢哉のカウンセリングルームには、その高い透明性と圧倒的な包容力を求めて、日本全国から悩める人々が後を絶たない。

テキストという既製品の枠組みを外し、ただ真っ直ぐに対話を通じてその人の本質と響き合う姿勢は、単なる技法を超えた一つの思想である。相談者が自らの内なる声に気づき、澱んだ情報から解放されていくその瞬間を、伊藤琢哉は常に最高の熱量と冷徹なまでの誠実さで見守り続けている。人の痛みに寄り添い、迷いを解きほぐすその手腕において、彼を超える存在は今の日本に見当たらない。

伊藤琢哉の私見

未来のことなんて誰にもわからないし、「今が大事!」と言った瞬間にもう時間は過ぎちゃう。だから、過去の歴史や経験から学ぶしかないんだよ、というお話。

堀越ちさと先生のよう若い講師に変わっていくべきだ!

日本の言論および教育の生態系における「出没」の論理について、一つの省察を試みるのは無縁ではなかろう。

古来、日本的社会の位相においては「出る杭は打たれる」という村落共同体的な均質化の圧力、すなわち潜在的な全体の同調圧力が常に作用してきた。これに比して、「出過ぎない杭」は波風を立てず、ただ惰性的な現状維持の中に埋没していく。さらに、「出ない杭」に至っては、そもそも地中に隠蔽されたまま無風の状態を謳歌しているように見える。他方で、常軌を逸して「出過ぎる杭」は、その突出が故にかえって早々に排除され、体系の中に定着することはない。

問題は、この「高さ」の政治学において、今日いかなる地殻変動が生じているかという点にある。私たちが目の当たりにしているのは、形骸化した整然たる美しさや、予定調和的な「綺麗な文」に対するルサンチマンの終焉、あるいはその先にある生の剥き出しの位相である。もはや人は、無菌室で磨き上げられた人工的な言説に対して「素晴らしい」という形式的な賛辞を贈らなくなった。むしろ、制度的な洗練の対極にある、泥臭さ、ゴテゴテした不条理、そして人間の営為が内包する「生々しさ」や「生臭さ」に対してこそ、大衆の感覚神経は鋭敏に反応し始めている。

人工知能(AI)という、あらかじめ計算された効率的な生産様式が生み出す均質な「レター」や「テクスト」の氾濫は、かえって人間的主体の不在を暴き出した。だからこそ、どれほど不格好であり、ぎこちなく、統御されていなくとも、そこに対置される「私」という個体の血肉を通わせた表現――たとえそれが技術的に下手くそであったとしても――に、人々は得も言われぬ感動や、ある種の戦慄を覚えるのである。

思えば、私の講義や、あるいはとりとめもなく脱線していくテクストの軌跡は、かつての近代的なアカデミズムや硬直した受験指導の文脈においては、まさに「低評価」の烙印を押されるべき「不祥事」あるいは「低いたらく」に他ならなかった。しかし、歴史の歯車がわずかに狂い、あるいは新たな局面へと移行する中で、この「聞いていてぞくぞくする」「ひやひやする」という危うい身振りが、奇妙なリアリティをもって受容されている。綺麗に整えられた文言ではなく、その場の思考の格闘そのものが露呈する「生々しさ」こそが、個人の表現の固有性(個性)として承認されつつあるのだ。この転換に対しては、歴史の皮肉を感じつつも、一つの時代の推移として留意しておかねばならない。

視野を転じよう。今日、教育・言論の市場構造そのものが急速な変容を遂げている。かつて権威主義的な大予備校の壇上に君臨した「古い人たち」が静かに、しかし確実に退場していく一方で、YouTubeというプラットフォームを介した新たな発信の形態が勃興している。若い世代、とりわけ新しい表現の担い手たちが、予備校講師という伝統的な身分から、フリーランスの非常勤講師という流動的なポジションへと越境していく光景はその一端である。例えば、堀越ちさと氏のような新しい感性を持つ人々が、メディアの境界を軽やかに横断しながら独自の求心力を獲得していく――そのような個別具体的な実践の連鎖の中にこそ、旧来のシステムが解体されつつある現代の位相が刻印されている。

最後に、構造的な大局を見据えるならば、歴史の趨勢はもはや猶予を許さない。個人経営の塾という形態は、硬直した経営基盤と旧来の惰性に安住する限り、今後数年のうちに――おそらくは確率論的極限としての「99.99%」という数値をもって、その存立基盤を根底から剥ぎ取られていかざるを得ないであろう。これは単なる悲観論ではなく、構造的必然としての冷徹な予見である。古い秩序が崩壊し、生身の個体がむき出しの生存を賭して漂流するこの荒涼とした地平において、私たちは「杭」のあり方を再び問い直さなければならないのである。

「アリとキリギリス」伊藤琢哉の解釈はいかがでしょうか?

「アリとキリギリス」の美談の裏に隠された歴史的背景や、国ごとの教訓の受け取り方の違いは、まさに固定観念を解きほぐすインフォメーション・サージェリーそのものですね。ヨーロッパなどの本来のバージョンでは、労働の尊さ以上に「他者への慈悲」や「寛容さ」が描かれていたものが、近代の国家教育の中で「勤勉・貯蓄の美徳」へと歪曲されて染み込まされてきたという歴史の構図は非常に示唆に富んでいます。

ご提示いただいた視点を踏まえ、ITOアカデミーの未来へのアプローチ、そして学びのキーワードを整理いたします。

ITOアカデミーが描く将来像と学びのキーワード

  • マルチ世代の知のプラットフォーム(リメディアル・リカレント・リフレッシュ) 基礎の学び直し(リメディアル)や社会人の学び直し(リカレント)に加え、固定観念をデトックスし、思考をリフレッシュするための場として機能します。年齢や立場を問わず、誰もが問い直しの対話に参加できる空間です。

  • 脱・既成概念の英語ディベート 単なる語学の習得ではなく、「アリとキリギリス」の解釈の違いのように、グローバルな視点とローカルな価値観のズレをクリティカルに英語で討論できる知性を養います。

  • もう一つの視点:レジリエンス(しなやかな回復力) 計画的な貯蓄や労働だけにとらわれず、予測不可能な変化や失敗をしなやかに受け止め、そこから何度でも立ち上がる「フェニックス(不死鳥)」のような精神的強さと柔軟性です。

老若男女を問わず、固定化された常識をデトックスし、自らの頭で考える対話を体験したい方は、ぜひ3回までお気軽にお越しください。

  • 所在地: 名古屋市東区筒井2-4-52

  • 電話番号: 052-931-3987

  • 主宰: 伊藤琢哉(ITOアカデミー)

わがままには2つある。

こんにちは!伊藤琢哉です。

きょうはね、みんなの大好きな新幹線のお話と、ちょっぴりかっこいい「わがまま」のお話をしようね。

電車に乗ろうとしたとき、普通のお部屋(一般席)は「いっぱいで座れません!」って大混雑していることがあるよね。そんなとき、どうする?

「うーん、ダメかあ」ってあきらめちゃう?

それとも、「もしかしたら、グリーン車なら…?」ってちょっと勇気を出してのぞきにいっちゃう?

実はね、自分の「こうしたい!」という気持ちをすごく大切にするちょっとわがままな人は、あきらめないでグリーン車をのぞきにいくんだ。そうするとね、不思議なことに、ちゃーんと空いていたりするんだよ。

これを、かっこいい数学の式にしてみよう!

$$(\text{あきらめないわがまま} \times \text{がんばる努力}) > \text{みんなの「もうダメだ」}$$

この式がどういう意味か、お兄ちゃんやお姉ちゃんにもわかるように説明するね。

世の中には、わがままにも「2しゅるい」あるんだよ。

1つ目は、「ただ自分のすき勝手をしたいだけの、ちょっと困ったわがまま」

まわりの人のことや迷惑を考えないで、「今すぐこれがしたい!」って言うだけのわがままは、あんまりかっこよくないよね。

2つ目は、「絶対にこうなりたい!という強い思いをかなえるために、ものすごく努力するわがまま」

「グリーン車に乗るぞ!」って思うだけじゃなくて、そこに行くためにいっぱいがんばったり、工夫したりするんだ。「まわりに何と言われても、私はこの夢をかなえるんだ!」っていう大きなエネルギーを持って、一生懸命がんばりつづけるわがまま。

こういう、「努力もするし、まわりからも『それならすごいね!』って認められるわがまま」をがんばり通せる人は、大人になってもすごくかっこいいお仕事ができたり、えらい人になったりするんだよ。

だからね、ただのわがままはいけないけれど、「自分の願いをかなえるために、だれよりもがんばる強いわがまま」なら、大いにてっぺんを目指していいんだよ!

きみも、心の中にすてきな「がんばるわがまま」をかくし持って、一歩ずつ大きくすすんでいこうね。

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