「三日坊主で終わる。何をやっても続かない」
世間はそれを“意志の弱さ”と責めますが、私の「インフォメーション・サージェリー(情報外科)」のメスを入れれば、まったく異なる論点が見えてきます。
一言で片付けるなら、三日坊主とは「未来(Future)のメモリを拡張するための、極めて正常な防衛本能」です。
なぜ「現在」がパンパンだと壊れるのか?
人間が生きる時間軸には、過去・現在・未来しかありません。
しかし、多くの人は「現在」という1点にすべてのリソースを詰め込みすぎて、脳のメモリを「パンパン」にしています。
現在の過剰(パンパン):
タスク、義務、執着、こだわり、そして過去から引きずった「確執」。これらで現在が埋め尽くされると、脳は処理落ちを起こします。それこそが、パニック障害や局所性ジストニアといった、身体のストライキ(強制終了)を引き起こす原因です。
過去の扱い方:
過去は「死者の手に委ねる」ものであり、忘却の彼方へ消え去るのが自然です。いつまでも執着しているのは、単にメモリの無駄遣いです。
つまり、現在がパンパンな状態のままで「新しいことを始め、さらに何年も続けよう(石の上にも3年)」とする方が、脳の構造上、土台無理な話なのです。
「三日坊主」という未来への余白
3日続くということは、「3日間は未来の予定を自分の意志で占有できた」という事実そのものです。3日やったら、一度現在をリセットして、また次の未来に目を向ける。これの何が悪いのでしょうか。
例えば、今が7月13日だとして、8月末までの未来のビジョンや予定をガチッと立ててしまう。未来のメモリを少しずつ増やしていけば、現在に余計な執着やこだわり(角質)が居座るスペースはなくなります。
私は、そういう「未来に目を向けられる関係性」が築ける人としか付き合いませんし、契約もしません。「カウンセリングで直るからお金を払ってください」なんていう安易なビジネスをする気も毛頭ありません。
それでも人生に「イエス」と言うのは誰か?
この問いに対する答えは、オーストリアの精神科医ヴィクトール・フランクルの名著『夜と霧』の原題、そして彼の哲学そのものです。
『それでも人生にイエスと言う(Trotzdem Ja zum Leben sagen)』
強制収容所という、「現在」が究極の絶望でパンパンに満たされた極限状態の中で、生き残ったのは誰だったか。それは、身体が屈強な者でも、過去の栄光にすがる者でもありませんでした。
「生きてここを出たら、あの研究を完成させよう」「妻に再会しよう」と、心のメモリを『未来の予定』に繋ぎ止め続けた人たちです。
未来に明確な光(予定)を立てている人は、現在がどれほど過酷でパンパンであろうとも、人生に対して「イエス」と言える。三日坊主を繰り返しながらでも、常に未来のメモリを書き換え、前を向いて歩みを進める人こそが、本当の意味で人生の主導権を握っているのです。https://youtu.be/rjby8zfWLKA
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