凸凹サイコーですかー?最高ですよー!


【塾長コラム】「凸凹(でこぼこ)」こそが、その子の輝きである理由

アカデミーの伊藤琢哉先生は、「人間には得意不得意があって当たり前だ」と説かれます。

いわゆる神経発達症(発達障害)と言われる特性も、それは欠陥ではなく、その子が持つ個性的な「凸凹」に過ぎません。

しかし、現代の教育現場を見渡すと、その「凸」を無理やり平らに押し込めようとする、奇妙な平等主義が蔓延しているように感じてなりません。

かつて、ある運動会での光景が議論を呼びました。

足の速い子がゴール直前で立ち止まり、後から来る子を待って、最後は全員で手をつないでゴールする。

一見、平和で公平な光景に見えるかもしれません。しかし、これは果たして「善き平等」でしょうか。

「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」――福澤諭吉の言葉を引くまでもなく、人間は等しく尊い存在です。

しかし、それは「能力が等質である」という意味ではありません。

勉強は苦手だけれど、走ることにかけては誰にも負けない。

そんな子が、一年に一度、家族の期待を背負ってスポットライトを浴びるはずだった「徒競走」という晴れ舞台。

その輝きを「みんな一緒」という言葉で奪ってしまう教育は、その子の魂を救えるのでしょうか。(伊藤琢哉のラップ参照)

もし、運動において順位を否定するのであれば、なぜ勉強には厳然たる序列が存在し続けるのか。

この矛盾こそが、今の教育が抱える歪みです。

私の塾では、世間一般の「勉強」の概念を覆します。

ここで教えることは、社会に出て役に立たないものは一つもありません。

なぜなら、私たちは結果としての点数に執着する「インディファレンス(無関心)」の境地を大切にしているからです。

「勉強は苦しいもの」ではなく、「遊びを超える最高の愉悦」であること。

教える・教えられるというプロセスそのものがエンターテインメントであり、知的好奇心を爆発させる場であること。

子どもたちが目を輝かせ、夢中で何かに没頭しているとき、そこにはもはや「1番」や「ビリ」といった小さな物差しは存在しません。

凸があるから、人は誰かの役に立てる。

凹があるから、人は誰かに感謝できる。

当塾は、その「凸凹」を矯正する場所ではありません。

その子が持つ唯一無二の「1芸」を祝福し、学びを遊びとして楽しみ尽くす場所です。

そんな私たちの教育に共感していただける親御さまと共に、お子様の未来を創っていけることを、何よりの喜びと感じております。


★ぜひ今年入塾ください。

お願いたします!

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