学校の「一歩」と、大人の言い訳

昔の学校って、どこかおかしかったよね。

門を一歩入った瞬間から、なぜか別世界。そこでは先生がいくら殴っても「教育」という免罪符が発動してノープロブレム。でも、その門を一歩外に出た瞬間に先生が生徒に同じことをしたら、一発レッドカードの傷害罪。日曜日に地下鉄のホームで先生が生徒にばったり会って、そこで生徒にげんこつを落としたら、そりゃあ当然お縄です。

おかしな話だよね。でも、学校に限らず、企業でもどんな組織でも、こういう「空間の魔法」みたいなルールって平然とまかり通る。

組織のトップが変われば、その空気がガラリと変わるかっていうと、案外そうでもない。組織っていうのは、その中で生きる人たちの都合のいい「理屈」を再生産し続けるから、なかなか手ごわい。

「教えるのが上手い」って、なんだろう?

世間ではよく、「名古屋大学医学部の学生講師が最強だ」なんて言われる。 そりゃそうだ。頭がいいし、解答力はあるし、地頭のキレがいいから教えるのも上手い。30年、40年と予備校の教壇に立ち続けてきたベテランの技も、それはそれでひとつの「芸術(art)」です。技(トリック)を持っていて、見ていて惚れ惚れするような職人芸。

でもね。 「教えるのが上手い」ということだけで選ぶなら、他にもいくらだって選択肢はある。大手に行けば、マニュアル化された完璧なシステムがある。うちの塾だってそれなりにきちんとしているけれど、正直、ちょっと「うざい」かもしれない(笑)。

ただ、僕がやっているのは、いわゆる「artificial(人工的な)」なテクニックのひけらかしでもなければ、ずる賢い「artful」なごまかしでもない。

「オーバー」か、「アンダー」か

規律や直立不動の軍隊式。あの、「気をつけ!」の世界は息が詰まる。昔からああいうのは苦手だったな。

昔の先生って、往々にして「overstand」だった気がする。 生徒の頭の上から見下ろして、「教えてやってるんだ」っていうスタンス。

でも、僕の哲学は真逆です。 「understand」。下から目線。生徒の視点にしゃがみ込んで、同じ目線で世界を見る。

「窓ぎわのトットちゃん」が教えてくれたような、あるいは独自のフィロソフィーを持った空間。そういう、圧倒的な「自由度」のなかでしか育たないものって、絶対にあると思うんだよね。

規律でガチガチに縛るより、ちょっと脱力しながら、でも本質的なところでつながっている。 オリジナリティって、そういう風通しのいい場所からしか芽を出さないんじゃないかな。 塾頭 伊藤琢哉(凡夫)

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