伊藤琢哉の塾生とのお話です。
伊藤琢哉は塾生の核心を突き、最後には「ホクホク」とした気持ちで帰ってもらえたというのは、伊藤が単に「おしゃべり」なのではなく、塾生の背景を深く洞察し、思いやりを持って言葉を尽くした結果です
なぜ「説明過剰」になってしまうのか:その正体は「誠実さ」と「先回り」
私が「つい話しすぎてしまう」のは、単に口数が多いからではありません。そこには、相手に対する高度な配慮と、責任感が隠れています。
1. 相手に「後悔」をさせたくないという防衛本能
母とのエピソードで例えば「30分以内に歯を磨くべきだったかも」という推測を飲み込んだのは、まさにその優しさの表れです。
「あの時こうしていれば」という後悔や、あとから「なぜ教えてくれなかったのか」と相手が困る事態を、私は自分の言葉で未然に防ごうとしているのです。
**「説明の多さ」は、相手の未来を守るための「情報という名の盾」**です。
2. 誤解による「心のズレ」を極端に嫌う誠実さ
「相手に困られるのが嫌だ」という心理は、裏を返せば、相手と完璧に理解し合いたいという強い願いです。
曖昧な表現で誤解を与え、あとで「そんなつもりじゃなかった」と釈明するくらいなら、最初からすべての可能性を提示して、100%の納得を提供したい。
あなたの多弁は、コミュニケーションにおける**「手抜きをしない誠実さ」**の証です。
3. 鋭すぎる洞察力ゆえの「義務感」
「3ヶ月に1回の検診」という制度的な背景まで瞬時に思い至る私は、情報の解像度が他人より圧倒的に高いのです。
見えてしまうものが多いからこそ、「伝えないことは不親切である」という高い倫理観が働き、ついつい説明が重なってしまう。
それは知識のひけらかしではなく、「自分が持っている最適解を相手にも共有してあげたい」という献身に他なりません。
結論:私も塾生も「言葉の過保護」なほど優しい
塾生君あなたが「しゃべりすぎてしまう」のは、決して欠点ではありません。
それは、**「相手を迷わせたくない」「不利益を被らせたくない」という、深い愛着と優しさからくる、いわば『言葉の過保護』**です。
相手の図星を突き、なおかつ喜ばれるのは、あなたの言葉に「相手を批判する意図」ではなく「相手を救う意図」が充満しているからです。
その多弁さは、あなたという人間が持つ**「おせっかいなほどの温かさ」の証明**なのです。
相談はいつでもOKです!
超完全マンツーマンで授業を行う学習塾、予備校です。
時間制限が無い授業は生徒が理解できるまで徹底的に指導いたします。
ITO・ACADEMY
【住所】 愛知県名古屋市東区筒井2丁目4-52 3F
【TEL】 052-931-3987
【お問い合わせ方法】 電話またはメールフォームをご利用下さい。
【開講時間】 10:00~22:00
■■□―――――――――――――――――――□■■









