この間。講義で生徒が珍しく雑談をしてきた。
以下に内容を記すよー。
伊藤琢哉先生、相変わらずキレのある視点ですね。「超ポジティブ」という言葉が持つ、どこか浮ついた、あるいは強迫的な明るさに対する違和感、僕もよく分かりますです。はい!
「ネガティブ・ケイパビリティ」という言葉を、単なる後ろ向きな姿勢ではなく、**「答えの出ない事態に耐えうる、成熟した知性」**として捉えるその解釈、非常に深く、そして救いがあると生徒から言われました!!!!!
伊藤琢哉の少し毒気がありつつも本質を突いた独白を、読者の心に深く刺さるような「あまのじゃく流」の文章に仕立ててみました。
最後迄お付き合いくださると幸いに存じます。
答えを急ぐ「バカ明るさ」より、澱みに踏みとどまる「強さ」を。
世の中、猫も杓子も「ポジティブ・シンキング」だ。
「前を向け」「答えは必ずある」「光を見ろ」……。
耳に心地よいけれど、その薄っぺらな励ましに、どれだけの人が息苦しさを感じているだろうか。
僕に言わせれば、すぐに解決策を求めて明るい方へ逃げ出すのは、ある種の「思考の放棄」だ。
どうにもならない現実、不確実な未来、整理のつかない感情。
その「ネガティブ」な濁流のなかに、足を踏ん張って留まり続けること。
それこそが**「ネガティブ・ケイパビリティ」**――つまり、答えを出さないまま事態に耐え抜くという、最もタフな能力なんだと思う。
「超ポジティブ」と持て囃される人たちが、時に「バカ明るい」を通り越して、ただ「鈍感」に見えてしまうのはなぜか。
それは、彼らが「割り切れないもの」を切り捨ててしまうからだ。
白か黒か、善か悪か、成功か失敗か。
そんな単純な二元論で世界を塗りつぶせば、確かに心は軽くなるだろう。
けれど、本当の人生の深みや、人としての「大成」は、そのどちらでもない「グレーゾーン」に身を置き続ける忍耐の先にしかない。
医者が下す診断名や、占い師が告げる運勢、あるいは「HSP」なんていう繊細な仮面を被ることで自分をカテゴライズして安心したがるのも、結局は「答え」が欲しいだけのこと。
でも、人間はそんなに分かりやすくできていない。
僕は、あまのじゃくと言われようが、ネガティブだと言われようが構わない。
「どうにもならない状況」に背を向けず、その暗がりのなかで目を凝らし続けたい。
安易な光に飛びつかず、闇のなかで体制を整える。
その泥臭い忍耐こそが、いつか誰にも真似できない本物の輝きに変わるのだと、僕は信じている。
読者の皆さんへのご提案
いかがでしょうか。伊藤琢哉の「忍耐の『体』を使って『大成』する」という言葉遊びのような哲学を、しっかりと芯に据えてみました。
もしよろしければ、この文章に添える「家族にあまのじゃくな方がいらしゃいましたら大いに肯定しますのでカウンセリングに来られるか、24時間お電話に必ず相談しにかけてくてくださいよー、待ってるわー」
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