チョムスキーの生成文法における記号の体系は、学校文法(伝統文法)が依拠してきた「意味や品詞ベースのラテン語的分類」を根底から解体し、人間の脳内にある「普遍的な言語の設計図(普遍文法)」を数理的・形式的に記述するために編み出されたものです。

その違いと、生成文法が描き出す言語の本質をいくつかの側面から浮き彫りにします。

1. 記号がまったく異なる理由:「統率束縛理論(GB理論)」等の基本構造

学校文法では、文の構成要素を「主語(S)、動詞(V)、目的語(O)、補語(C)」といった機能や品詞そのものでラベル付けします。一方、生成文法(特に標準的なXバー理論以降)では、以下のような抽象度の高い記号や階層構造が使われます。

  • S(Sentence:文)$\rightarrow$ IP(Inflection Phrase:屈折句)または TP(Tense Phrase:時制句)

    • 文の中心は「主語と動詞の組み合わせ」ではなく、時制(Tense)や法(Modality)といった抽象的な機能であると捉えます。

  • V, N, A, P $\rightarrow$ X(任意カテゴリ変数)と Xバー($X’$)、XP(最大投影)

    • 動詞(V)や名詞(N)という個別の品詞を超えて、あらゆる句が共通の階層構造(「中心となる核 $\rightarrow$ 中間句 $\rightarrow$ 最大句」)を持つことを示します。

  • 目的語(O)の消失と「補部(Complement)」への統合

    • 伝統的な「目的語(O)」という一括りは解体され、動詞の直下でその意味を直接受けるものは「補部(Complement)」、主語の位置から移動してきたり別の意味を持つものは「指定部(Specifier)」といった、構造上の位置関係(関係性)で定義されます。

2. 「学校までの勉強」と何が決定的に違うのか

学校文法と生成文法の違いは、「辞書的な分類」「脳内メカニズムの物理(数理)モデル」かという目的の違いに由来します。

  • 学校文法(タクソノミー=分類学):表面の「ラベル貼り」

    • 「ここは主語だからS」「ここは名詞だからO」と、できあがった文章を切り分けて名前を貼る作業です。いわば、植物の標本を作って「これはバラ科です」と分類する作業に似ています。そのため、言語が変わればルールもバラバラに見えます。

  • 生成文法(ジェネラティブ=生成規則):見えない「計算装置の解明」

    • チョムスキーが目指したのは、人間が無限の文を生み出せる「脳内のアルゴリズム(計算システム)」の解明です。表面的な言葉の並び(表層構造)の裏側に、人類共通の厳密な数理的ルール(深層構造・抽象的表現)があると仮定します。そのため、個別の言語の「品詞」に依存しない、純粋な抽象記号が必要になります。

3. 「見かけ」に騙されない、人間の言語設計図

私たちが日本語や英語を話すとき、脳内では「主語がどうこう、目的語がどうこう」という学校で習った意識的なルールではなく、もっと機械的で幾何学的な「構造の組み立て」が行われています。

チョムスキーの記号が示しているのは、「言語とは、意味のやり取りの道具である前に、規則正しい記号の入れ子構造(階層構造)を無限に作り出すプログラムである」という冷徹かつ美しい事実です。

学校文法が「言葉の作法や翻訳のための実用ツール」だとすれば、生成文法は「人間の認知のOS(オペレーティングシステム)のソースコード」を覗き見るような試みです。だからこそ、見慣れたSVOという文字は消え、見知らぬ記号と矢印(ツリー構造)が画面に現れることになります。

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