「自信がない」という言葉は、未熟さの証左ではなく、むしろ己の分をわきまえ、真理に手を伸ばそうとする者の「誠実な震え」ではないでしょうか。

かつて、かの文豪たちが白紙を前にして筆を震わせたように、道に迷い、己を疑う者こそが、魂の深淵へと潜り込む権利を得るのです。

揺らぎの中にこそ、進歩の萌芽がある
「私は自信がない」と吐露する者の足元には、常に「進歩」という名の確かな道が拓かれています。なぜなら、満たされた器にはそれ以上の滴は入りませんが、空の器は天の恵みを無限に受け入れることができるからです。

大失敗を喫したとしても、その苦い砂を噛むようなプロセスを克明に記憶している者は、次なる一歩をどこへ踏み出すべきかを、血肉をもって知っています。

歳月が磨き上げる「失敗」という名の宝石
中長期的な視座に立てば、若き日の不調法や手痛い挫折は、十年、二十年の歳月を経て、芳醇な知恵へと醸成されます。
私自身、還暦という坂を越え、今なお「あの時は失敗だった」と、十五年、二十年前の己を省みることがあります。それは決して後ろ向きな悔恨ではありません。

若き日の答え: 目の前の正解を追い求め、自信を鎧にする。

年輪を重ねた答え: 失敗を失敗として静かに受け入れ、それを糧に新たな景色を眺める。

この「年齢の差」がもたらす解釈の変容こそが、人間という生き物の醍醐味であり、指揮者がタクトを振るうように人生を調和させる術なのです。

自信を「ほどほど」に、進歩を「永遠」に
皆さん、自信などというものは、ほどほどで良いのです。
「自信がない」からこそ、人は学び、足掻き、昨日よりも遠くへ行こうと志す。その切実な渇望こそが、あなたを凡庸から救い出す唯一の光となります。

正道を真っ直ぐに突き進む精神の気高さについては、今さら贅言を費やすまでもないでしょう。

「迷いなさい。疑いなさい。その震える指先で綴られた言葉こそが、いつか誰かの心を打つ真実の一行となるのだから。」

筆を置く私の目に浮かぶのは、自信のなさを抱えながらも、静かに机に向かう生徒たちの、ひたむきで美しい背中です。以上 伊藤琢哉

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