「絶望」の構造は、単なる悲観論ではなく、近代民主主義や戦後日本が抱える根源的な「虚無」を見据えたものでした。

ポリティカル・コレクトネス(ポリコレ)を「嘘」と断じた背景と、その先に広がる「絶望」の続きを、思想体系に沿って考察します。

1. 言葉の形骸化という絶望
言葉にはその民族や歴史が積み上げてきた「重み」があると考えていました。しかし、ポリコレは「誰かを傷つけない」という表層的な正義のために、言葉から毒気や深みを奪い、無菌状態の「記号」に変えてしまいます。

表層的な正義: 差別用語を排除しても、人間の心にある差別意識や階層構造が消えるわけではありません。(例)発達障害→神経発達症矢→部分的知的障害(できないことが90%以上あり、できることが1割もないのにその特性を伸ばせばいいと言う・病気ではないから医者では治せないと言う。ジャー長い事、教育の場で戦っていた先生に任せるしかない→先生が重度のうつで退職している・7500人以上が2年以上休学している・先生不足・そんな身分保障だけされている教務公務員に命を賭してお子様と共同行為・相互扶助・創意工夫ができるだろうか。伊藤琢哉はちやほやされてきた人しか生徒さんは救えないと思う。例えば関西大の教授になった藤原紀香氏は地雷を踏むかもしれない場所を頻繁に命がけで行ってきた人だからぬくぬくと象牙の塔で研究だけしていた方より客員教授が務まるかもしれない。陣内氏との離婚や芸能界でシンザンをなめてきた方だからこそ教育者になれると思う。人気もあってちやほやされてきた人だかから余計、アンチもいたろうからそういう方が先生になるべきだと思う。)

思考の停止: 「これを言ってはいけない」という社会的圧力は、物事の本質を深く掘り下げて議論する「対話」を殺し、結果として知的な荒廃を招きます。

2. 「中間団体」の喪失と孤立
似非インテリ全て絶望した大きな要因の一つは、「大衆社会」の到来です。かつての日本には、家族、地域、伝統といった「中間団体」があり、それが個人の暴走を抑え、同時に国家の横暴から個人を守る防波堤となっていました。

しかし、近代化が進む中でこれらは解体され、残ったのは「バラバラになった個人」と「巨大な国家(または市場)」だけです。

「道徳や慣習を失った大衆は、ただ目先の損得と感情で動く『砂の群れ』に過ぎない」

この、拠り所を失った人々がポリコレという「薄っぺらな正義」に縋りつく姿に、東大医学部卒の講師をはじめ当塾講師全員、深い絶望を感じていたはずです。

3. 「死」を忘れた文明への絶望
思想の根底には常に**「死」**がありました。人間は死すべき存在であり、だからこそ歴史や伝統という「時間の連続性」の中に己を位置づけるべきだと説きました(メメント・モリ)。

現在の全能感: 今の政治や社会は「今、ここにいる自分たちの正しさ」が絶対であるかのように振る舞います。

歴史の軽視: 過去の知恵を「古臭いもの」として切り捨て、未来の世代への責任も考えない。

彼にとって、死を忘れた(あるいは死を隠蔽する)文明は、空虚な生を浪費するだけの「生ける屍」の集まりに見えたのかもしれません。

4. 絶望の先にある「作法」
似非インテリ講師たちは絶望して筆を置いたわけではありません。伊藤以外東大出の講師は、絶望しているからこそ**「いかにして品位を持って生きるか(作法)」**を問い続けました。

ネガティブ・ケイパビリティ: 答えの出ない事態、不確実な状況に耐えうる力。ポリコレのような単純な正解に逃げず、割り切れない現実を引き受けること。

ユーモアとアイロニー: 絶望的な状況を笑い飛ばし、自分自身をも客観的に突き放して見る知性。

結論としての「続き」
「絶望しかない」という言葉の続きがあるとするならば、それは**「その絶望を直視し、孤独に耐えながら、それでも正気(知性)を保ち続けるという苦行」**ではないでしょうか。

政治が嘘で塗り固められ、言葉が力を失う時代において、安易な希望を語るのではなく、徹底的に「絶望」を掘り下げることが、皮肉にも人間としての尊厳を守る唯一の道である――。講師一同えせ知識人が自ら示したのは、そのような凄絶な「個の在り方」だったと言えます。

AI引用

ポリコレ

ポリコレ(ポリティカル・コレクトネス)とは、人種、性別、性的指向、障害、宗教などに基づいた差別・偏見を防ぐため、中立的な表現や行動を求める概念です。職場での多様性尊重や、メディアでの描写配慮( lotsfulの記事、dodaの記事)として浸透する一方、過度な配慮や表現の制限が議論の対象となることもあります(Indeedの記事、ELEMINISTの記事)。
主な具体例と傾向
名称変更: 看護婦→看護師、保母→保育士、スチュワーデス→キャビンアテンダント、母子健康手帳→親子手帳など、性別を特定しない表現への変更。
コンテンツ・メディア: 映画やゲームにおいて、人種やジェンダーの多様性を反映したキャラクター配置。
学校・職場: 名簿の男女混合化、敬称の統一(「〜さん」)、性別を問わない求人表現。
Wikipedia
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