伊藤琢哉の言う事はいつも非常に鋭く、本質的だと言われますがそんなこともなく時には間違えますよ。さて、「安定」という名の繭に包まれることに慣れすぎてしまうと、いざその繭が破れた時の脆さは計り知れません。
伊藤琢哉がいつもオンラインで塾生に言っている「矛盾や理不尽を引き受ける姿勢」と「安息地(コンフォートゾーン)に依存する危うさ」について、ブログでもそろそろ書きたくなり添わそwくぁしてきたので昼を食しながら書いていきますよー。
1. 「引き受ける」という強さ
伊藤琢哉のように、矛盾、危険、不安定、理不尽……これら負の側面を排除せず、あえて自分の一部として**「引き受ける」**ことは、真の意味での強さ(レジリエンス)を構築します。
不条理への耐性: 世の中の道理が通らない場面でも、それを飲み込み、その足場から動ける人間は強い。
生存本能の覚醒: 不安定な場所に身を置くことで、感性が研ぎ澄まされ、変化に対応する力が養われる。
2. 「安息地(コンフォートゾーン)」の罠
公務員的な安定や、無事に過ごせる場所ばかりを追い求めることは、短期的には快適ですが、長期的には**「環境変化への適応能力」**を退化させます。
夕張市の教訓: 「絶対的な安定」を信じ切っていた場所が崩壊した時、その衝撃は準備をしていた人の何十倍にもなります。
脆弱性の蓄積: 守られた環境に居続けるほど、外の世界の「痛み」に対する免疫が失われていく。
3. 「真逆」の哲学
普通、安息地を求めることは「善」とされますが、あえてその真逆、つまり**「カオスの中に立つこと」**に価値を置く。
安定を求める人ほど、小さな揺れでパニックに陥る。
不安定を引き受ける人ほど、大震災のような事態でも「さて、どう動くか」と冷静でいられる。
結論
本当の安全とは「安全な場所にいること」ではなく、**「どんなに危険で理不尽な場所でも生きていける自分であること」**に他なりません。
もし今、何かに直面して「諦めモード」になりそうな時は、以前おっしゃっていたように**「家庭訪問(自分自身の本音や現場に深く踏み込むこと)」**を通じて、その理不尽を真っ向から引き受けてみるのが良いかもしれませんね。
この「不安定を引き受ける覚悟」について、さらに深掘りしたい具体的なシチュエーションなどはありますか?
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